子どもたちの「創造的な学び」実現に向けて大切なこと 前編
MITメディアラボ教授
ミッチェル・レズニック

教育用プログラミング環境として広く使われている「Scratch(スクラッチ)」の開発を率いるのが、米MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏である。CANVAS理事長の石戸奈々子が2018年9月に渡米した際、急遽インタビューを実施、子どもたちの「創造的な学び」の実現に向けて大切なことをお話しいただいた。そのインタビューを前編、後編の2回にわけてお届けする。

目次

    前編

  • 創造性と技術の関係とは
  • 今の学校とこれからの学校について

創造性と技術の関係とは

石戸

これからの時代はどのようになると捉えていますか?そのような時代を生きる子どもたちに必要とされる力は、いったいどのようなものでしょうか?

レズニック

1980年代には、「工業社会」から「情報社会」への移行に関する様々な議論がありました。90年代に入ってからは、現代を「知識社会」と表現するようになりました。情報は知識に転換されてはじめて有益になるものであり、知識こそが今の時代の成功の鍵だからです。

しかし、私は情報や知識のみに焦点を当てるのではなく、今の時代や社会を、創造的時代、「創造社会」と捉えるのが良いと考えています。これからの時代は、個人、コミュニティ、企業、そして国全体にとって、創造的思考が今まで以上に重要になってくるでしょう。社会は急速に変化し続けています。人々も組織も、新しく不確実な状況に立ち向かわなくてはいけません。急激に変化する時代を生き抜くには、予期せぬ出来事に対して、創造的・革新的に取り組み続けることが重要なのです。だからこそ、創造的に考え行動する力こそが、創造的社会における成功への鍵であると言えるでしょう。

これからの時代で子どもたちが活躍するには、仕事においても生活においても、創造的かつ体系的に思考し、批判的に分析し、協同的に活動し、情報を交流・共有し、継続的に学ぶことが必要とされるのです。

石戸

これからを生きる子どもに必要な力として創造的思考を挙げられました。それを育む方法とはどういうものでしょうか?

レズニック

創造的な思考をするためには、「創造的学びのスパイラル」が重要です。このスパイラルについて簡単に説明しましょう。

まず、アイデアを想像・発想します(Imagine)。しかし想像するだけでは十分ではなく、そのアイデアに基づいてプロジェクトを創造・創作する必要があります(Create)。そして、その創造物で遊び、実験します(Play)。さらには、それを他の人と共有します(Share)。そして経験したことを振り返ります(Reflect)。この連続スパイラルが新しいアイデアやプロジェクトを再び想像(Imagine)することにつながります。

子どもたちが想像・創造・遊び・共有・振り返りの良いスパイラルに入れるように支援することが、創造的思考者へと導くのです。

図1●「創造的学びのスパイラル」。レズニック教授の新刊『ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則』(日経BP社、2018)から引用

石戸

創造性は育成できない、一部の天才に備わっているもの――といったような、創造性に対する誤解があるとよくおっしゃっていますね。創造性は育成できるということでしょうか?

レズニック

創造性は、誰かに伝達できるものではありません。創造的になる方法を教えることはできませんが、創造性を育んだり、創造性を支援したりすることはできます。それはエンジニアがビルをつくるのとは対照的で、植物の成長を世話する農家のようなものと捉えるのが良いでしょう。すべての子どもが、そしてすべての人が、創造的になれる可能性を秘めています。しかし、その可能性を開拓するためにはサポートが必要です。保護者や先生の役割は、子どもたちが創造的な力や可能性を開拓するための支援をすることだと思います。

石戸

ミッチさんの考える創造性の定義を教えてください。

レズニック

私は創造性について、「日々の生活においてその時々の状況に対処する新しい方法を見出すこと」だと考えています。大きな創造性(ビッグC創造性)と小さな創造性(スモールC創造性)に分けて考えると良いでしょう。ビッグC創造性は、社会においてこれまで誰も考えつかなかった新しい発明や発見をすることです。スモールC創造性は、あなたにとって新しく、あなたの生活に役立つ新しい方法を思いつくことです。

だれもが世界にとって全く新しい貢献をできるわけではありません。それを可能とするのはビッグC創造性です。しかし、すべての人がスモールC創造性を育み、日常生活における新たな方法を生み出すことはできます。そして、それは、その人自身やその周りの人にとって意味のあることです。誰もが自分の友だち、家族、同僚、自分が住んでいる地域社会に創造的貢献をすることができるのです。だれもが周りの人たちに役に立つアイデアを思いつく力を持っているのです。

石戸

ミッチさんにはCANVAS設立時からフェローとして参画いただいています。CANVASも創造性の定義を議論してきたのですが、我々が育てたい創造性の定義というのも、今聞いたのと全く同じです。技術を活用した創造性を育む学びの場を提供してきたと思いますが、創造社会における技術の役割とはなんでしょうか?

レズニック

技術は2つの役割を担っています。まず、技術は変化のペースを促進します。同時に、技術は適切に使われれば、変化の激しい社会を生き抜く創造的思考を育むツールであるとも言えます。「創造性」という言葉のルーツは「創る」です。創ることは創造性の根幹です。技術は、これまで以上にたくさんのものを「創る」ことを可能とします。技術は、我々が創造的思考者になるのを助けてくれるツールなのです。だからこそ世界中で創造性を高めることの必要性が高まっているのです。

今の学校とこれからの学校について

石戸

これまでの学校の学びの場をどう思いますか?また、それに対して今後の学校や子どもたちの学びの場はどうなっていくべきだと考えていますか?

レズニック

学校は、子どもたちが特定の概念や特定のスキルを学ぶ場となっていることが多いと思います。しかし、この変化の激しい時代にそれはもはや機能しなくなっています。学校で良い成績を収めたとしても、卒業後に出くわす予期せぬ状況に対応し、挑戦することはできません。我々もまた将来何を学ばなければならなくなるのかを知ることはできません。ですから、学びにおいて最も大事なことは、実験し、探求し、変化する状況に適用し続ける方法を学ぶこと、そして創造的・革新的になることです。子どもたちが創造的思考者になるため、学校は変化しなくてはなりません。

ではどのような学びの環境や学びの技術を整えればよいのでしょうか。そのために「4つのP」からなるガイドラインをつくりました。プロジェクト(Project)、情熱(Passion)、仲間(Peers)、遊び(Play)です。もし私が学校を始めるのであれば、子どもたちが、遊び心を持って、仲間と協働で、情熱的にプロジェクトに取り組みながら学ぶ環境にしたいと考えています。なぜならば、それこそが子どもたちが創造的思考者になり、変化の激しい今日の社会を生き残るための準備となる方法だからです。

石戸

「4つのP」の着想の原点はどこにあったのでしょうか?

レズニック

私たちの活動は常に、子どもたちが幼稚園で学ぶ方法から影響を受けています。ですから、プロジェクト名も「ライフロング・キンダーガーデン(生涯幼稚園)」としています。伝統的な幼稚園では、子どもたちは友たちと協同で楽しくものづくりをして過ごしています。積み木で塔やお城をつくり、フィンガーペイントやクレヨンで絵を描く。その過程において、子どもたちは多くのことを学んでいます。塔をつくりながら、構造と安定性について学んでいるでしょう。指で絵を描きながら、色について学んでいるでしょう。しかし、もっと大事なのは、その過程において、創造的なプロセス――アイデアから始まって、それをもとにプロジェクトをつくり、実験し、改善し続ける――を学んでいることです。

残念なことに、幼稚園卒園後から学びの方法が変わってしまいます。ほとんどの学校では、子どもたちは机の前に座り、ワークシートを埋め、先生のレクチャーを一方的に聴くことで多くの時間を過ごします。私にはそれらの方法は創造的思考者を育む方法とは思えません。そして今、さらに間違えた方向に進む傾向にあることを懸念しています。幼稚園でも算数のフラッシュカードを使い、フォニックスのワークシートを埋めているのです。まるで学校のようになっています。

私たちのグループがやろうとしていることはその真逆です。むしろ学校も、さらにはその後の人生も、ずっと幼稚園のようにしたいのです。人々が生涯にわたり、幼稚園のようなスタイルで学び続けられるようにしたいのです。他の人と一緒につくり、デザインし、実験し、探求し続けてほしい。それこそが今日の社会で生きるための準備になるからです。

最初の幼稚園はフレードリッヒ・フレーベルによってドイツで約200年前につくられました。もちろんその頃にフレーベルは21世紀につながる新しい学びの方法を開発しているとは思っていなかったでしょう。でも、私はそう考えています。彼は、19世紀に5歳の子を対象とした方法を開発しました。そしてその方法は、今の時代のすべての年齢の人に必要とされる学びのアプローチなのです。なぜならば、すべての人が創造的学習者、創造的思考者となり続けなければならない時代だからです。

石戸

そのような学びも重要な一方で、基礎学力も大事だという意見もよく聞かれます。これらが、二項対立のように議論されることもありますが、その点についてどのように考えていますか?

レズニック

基礎学力が重要なことは私も同感です。当然のことながら核となるコア・スキルはすべての人が学ばなくてはいけません。学校では、まずコア・スキルを学び、その後にそれをプロジェクトで活用する方法を学ぶという方法をとることが多いです。しかし、私は別の方法を提案したいのです。私は、子どもたちが意味あるプロジェクトに取り組んでいる時に、その過程の中でコア・スキルを学ぶという方法をとるべきだと考えています。コア・スキルを学ぶ際にも、意味あるプロジェクトに取り組みながらのほうが良い学びにつながるためです。

石戸

そのような学びを実現するために、アクティブラーニング、プロジェクトベーストラーニング等が大事だといった声が上がりつつあります。その一方でそのような学びを導入するのは先生方の負荷が大きく、対応が大変ではないかという声もあります。「4つのP」を重視した学びの場を根づかせるにはどうするとよいでしょうか?

レズニック

偉大な教育者であり哲学者であるジョン・デューイは、このアイデアを100年前に書いています。この考え方は決して新しいものではありません。デューイは自分の教育アイデアを書きながらも、それはシンプルだが簡単ではないとも書いていました。デューイが指摘したように、アイデアを書くことは難しいことではありません。私は「4つのP」、具体的には情熱、プロジェクト、仲間、遊びという別の言葉で表現しましたが、同じくそれらを実装することは簡単ではありません。だからこそ、我々が、子どもたちが教室でこれまでとは違う新しい方法で学ぶことを支援する必要があると考えています。

これまでの「4つのP」の実践では、満足な結果をもたらしています。なぜなら、この方法で取り組んだ子どもたちは、楽しく学んでいるからです。先生も、子どもたちが関心のないことをやらせるのではなく、子どもたちが自ら学ぶことを支援することに時間をさけるようになりました。先生は必ずしも全てのことを知っている必要はありません。先生も子どもたちと一緒に学べば良いのです。

これからは先生の役割も変わるでしょう。先生の役割は、新しいアイデアを引き出すきっかけを提供する触媒、子どもたちがプロジェクトを遂行していく手助けをするコンサルタント、ともに取り組む仲間をつなぐ仲介者、子どもと一緒にプロジェクトに参加するコラボレーターといったものになります。今必要なのは、先生がその新しい役割を担うことできるように手助けをすることです。先生にとっても、それはより望ましい状況になるでしょう。先生は、自分自身のプロジェクトを楽しみながら取り組む子どもたちとともに歩むことになるからです。

石戸

子どもたちが楽しみながら取り組んでおり成果が感じられるとのことですが、子どもたちのモチベーション(動機)を保ち続けるために気をつけていることはありますか?

レズニック

子どもたちが自分の興味があるものを見つける手助けをし、あとは彼らの興味に従うのが良いでしょう。子どもたちと一緒に活動を始める際には、まずは子どもたちが何に興奮し、何に興味をもち、何に情熱を捧げるかを探すところから始めています。そして子どもたちの興味と関心に基づいてプロジェクトをつくることをサポートしています。

子どもたちは、興味があることであれば、長時間にわたって一生懸命取り組み、何度も試行錯誤しながら挑戦し続けます。新しいことを学ぶということは本来とても大変なことです。長時間にわたり、困難に立ち向かわなくてはいけません。しかし、もし自分の興味があることであれば、その困難な学びも楽しむことができるでしょう。主体的に一生懸命取り組み、その過程から新しいことを学びとるでしょう。プロジェクトに一生懸命取り組めば取り組むほど、より理解が深まるでしょう。そして、それが創造的思考者につながるでしょう。

石戸

学校で実践するに当たってどのように評価するのかが課題として挙がると思います。評価に関してどのように考えていますか?

レズニック

創造性の評価は大変難しいことです。しかし、簡単ではないからといって創造性をサポートしなくてよいということにはなりません。学校は往々にして評価が簡単なことを教える傾向にあることを懸念しています。定量的に評価できることに焦点を置きすぎているのです。しかし、本来は社会にとって大切なことに焦点を置くべきです。そして、それをどう支援し、どう評価するのかを考えるべきなのです。

例えば創造性に関して、テストを通じた定量的評価をすることは難しいと思います。それよりも、子どもたちがつくってきた物のポートフォリオをつくることに重きを置いています。ポートフォリオを見れば、子どもたちのアイデアを生み出す過程や、進歩・成長の経緯を知ることができます。そして、子どものポートフォリオからつくり出したものの多様性を見出すことができます。その多様性こそが、彼らの創造性を示してくれるのです。

どうやってアイデアを思いついたのか、どうやって変化をしていったのか。それは多くの示唆を与えてくれます。多くの人が定量的な評価がよい形式だと考えており、ポートフォリオは重視されていません。しかし、MITでの教員の評価の仕方、例えば昇進審査の方法は、ポートフォリオです。定量的な評価としての点数がつく試験はありません。ポートフォリオをもって評価されるのです。MITはこれを重視しており、それに異論がある人はいません。学生を受け入れるときにも同じです。

創造性を定量評価することは簡単ではありません。だからこそ、定量評価とは別の方法をとらなくてはなりません。ポートフォリオを重視する方法もまた簡単ではありません。しかし子どもたちの将来を考えるならば、チャレンジする価値のある重要な方法だと思います。

>> インタビュー後編