アイデアを形にできるデジタルの文房具MESHで広げるプログラミング教育の可能性
ソニー株式会社 MESHプロジェクト プロジェクトリーダー
萩原 丈博

「プログラミング学習普及プロジェクト Computer Science for ALL」を運営するCANVAS理事長の石戸奈々子が、プログラミング教育の推進やIT人材の育成に関わる方々にインタビュー。今回は、ソニー株式会社MESHプロジェクト プロジェクトリーダーの萩原 丈博氏に、アイデアを形にできるIoTブロック「MESH」の魅力や教育現場での活用事例などについて、お話を伺いました。

目次

  • MESHはアイデアを形にしてくれる「デジタルの文房具」
  • 理科や図工、総合学習などでMESHを使った授業が広がる
  • 日常生活の課題解決にコンピュータを活用するその基礎スキルの習得にMESHが貢献
  • MESHを使うとアイデアを共有できお互いに交換でき、さらに発展させられる

MESHはアイデアを形にしてくれる「デジタルの文房具」

石戸

最初に、MESHとは何か、そしてMESHの魅力について、開発者である萩原さん自身の言葉で教えてください。

萩原

MESHを開発するときにイメージしたのは、「文房具のように使ってもらいたい」ということでした。糊やハサミ、紙とペンを使ってアイデアを形にすることはできますが、考えたことを同じようにデジタルでやろうとすると、センサーや電子回路の仕組みなどを知らなくてはできませんでした。そこで、「誰でも簡単にアイデアを形にできるように」という想いでMESHを作りました。発売したのは2015年7月ですから、もう、3年になります。

ブロック形状の電子タグ「MESH」。7種類のブロックがある。

石戸

イメージしたのは、アイデアを形にできる、「デジタルの文房具」といったところでしょうか。その言葉通り、MESHを使うといろいろなことができますね。それをひと言で表現するとどうなりますか。MESHを使うと「こんなことができる」と、子どもたちやその保護者に説明するとき、どのような言葉でお伝えになっているのでしょう。

萩原

例えば、普段の暮らしの中で、トイレから出た後に電気をつけっぱなしにしてしまうことは、よくあるでしょう。そこで、「MESHを使えば、トイレに人がいないのに明かりがついていることを自動で教えてくれるようにできます」と説明します。すると、「なるほど、MESHでそんなことができるのか」というように理解してもらえます。

MESHでできることについては、このように具体例を挙げて、分かりやすく説明をしています。子どもたちと一緒に、「日常生活の中の困ったことを解決しよう!」といったテーマであれこれ考えてみると、MESHで面白いものが作れると思います。

石戸

これまでの子どもたちのアイデアで、ユニークだったのはどんなものですか。

萩原

ワークショップでは、100円ショップで売っているようなグッズを使って、ものづくりを行います。例えば、ハンガーにセンサーをつけたり、箒(ほうき)にセンサーをつけたりというように、普段使いのグッズを短い時間で「ちょっと違うもの」に変えていきます。その過程で、子どもの目線での面白いアイデアがたくさん出てくるのです。

一例ですが、ある子どもは、掃除を手伝ってくれるロボットを作りました。「自動で掃除をするロボット」ではなく、「自分が掃除するときに、ロボットが一緒に手伝ってくれたらやる気が出る」という、子どもならでは発想から生まれたところがポイントです。具体的には、自分が掃除をすると、その掃除の動きに合わせてロボットも同時に動くというものでした。

箒に動きを感知するセンサーをつけて、それで動きを感知すると、その信号がブラシにつけたモーターに送られる仕組みです。箒で掃除をすると、モーターがぐるぐる回りだして、ブラシが震動して掃除するロボットみたいに動く。自分が掃除すると一緒に動いて、やめると止まる、ブラシが動くのを見たいから、また掃除をする。子ども独自のアイデアが、こういう形にできるところがMESHの魅力でしょう。

理科や図工、総合学習などでMESHを使った授業が広がる

石戸

最近は学校の授業でもMESHが使われるようになりました。教育現場での状況についても聞かせてください。

萩原

最初は、主に大学で使われることが多かったのですが、最近では小学校での利用が増えてきました。2020年からのプログラミング教育の必修化に向けて、理科や図工の授業で具体的に実践が始まっていると感じています。

小学6年生の理科で、「電気の働き(リンク先はPDFファイル)」という単元があります。手回し発電機で電気をためて、その電気を日常生活の中でどのように便利に、かつ、有効に使えるかを考えるといった授業です。

たとえば、電気をつけっぱなしにしたらもったいないから、人が来たときにだけ自動的に明かりをつけるようにしようとか、学んだことを実際に日常生活で生かそうとします。そのときに、プログラミングの考え方が必要になりますが、手回し発電機や豆電球など実験で使っていた教材とMESHをつないで、実際につくりながら学んでいくことができます。

石戸

そういったカリキュラムは、小学校の先生たちと萩原さんたちが協力して作成しているのですか。

萩原

学校の先生たちが主体的にカリキュラムを作っています。私たちもサポートはしますが、作るのは先生たちです。先にお話しした理科の授業もそうですし、図工の授業では、段ボールとMESHを使った工作の授業がありました。これらの他にも、総合的な学習の時間や家庭科、算数といった教科で、MESHの活用を検討している先生たちがいらっしゃいます。

総合的な学習の時間の例は、学校の中で気づいたこと、言い換えれば学校生活の課題を、「プログラミングで解決をしていく」という授業内容です。具体的に説明しましょう。子どもたちが耕作している畑が学校内にあります。そこに夜になると動物が来て、育てている野菜を食べてしまいます。子どもたちは「それを何とかしたいな」と考え、課題として認識し、その課題に対してMESHのセンサーを使い、動物が来たら嫌がる音を出すといった対策を形にしていきます。課題抽出と課題解決について、一連の流れとして取り組んでいるのです。小学5年生と6年生の授業でこのような取り組みをしている学校が出てきています。

MESHを使う前の先生たちは、プログラミング教育の授業内容について漠然と頭を悩ませていたようです。プログラミング経験がない先生も多くいらっしゃるので当然でしょう。そうした先生方がMESHに触ると、「プログラミングは難しそう」というイメージから解放され、どんどんはまり、遊んで、その後に授業でどのように活用できるかを具体的に考えられるようになります。MESHはつなぐたけでアイデアを形にできるので、本来の授業の中でプログラミング要素をスムーズに取り入れていけるようです。

日常生活の課題解決にコンピュータを活用するその基礎スキルの習得にMESHが貢献

石戸

MESHを使ったプログラミング教育を通じて、どのような成果を期待していますか。

萩原

プログラミングは、これからの子どもたちにとって、昔でいうところの「読み書きそろばん」に近い必須のスキルになると思っています。パソコンやスマートフォンを使う人は増えていますが、コンピューターをただ使えるだけではなく、課題解決や自己表現のツールとして使えるようになったほうがいいですよね。エンジニアを増やしたいとか、プログラマーを増やしたいといった考えではなく、全ての人がコンピュータを身近な「課題解決のためのツール」として使えるようになってほしい、そのためのスキルを身につけるのにMESHが貢献できればいいなと考えています。

石戸

その視点に立てば、MESHが小学校などの授業で、より広く使われるようになるといいですね。つなぐだけでアイデアを形にできるMESHには、その可能性は大いにありますね。

その反面、MESHは子どもたちには「やや難しいのではないか」といった意見も耳にします。開発者の一人として、どのくらいの年齢からMESHを使いこなせるのかについて教えてください。

萩原

開発チームでは、概ね「8歳以上」から使いこなせて楽しめる、と想定していました。小学3年生になると理科の授業もスタートしますし、先生が「こうしましょう」と伝えると、子どもがその内容を理解して行える年齢だろうと考えました。しかし、実際には、「うちの子は4歳ですが、MESHで一生懸命、遊んでいます」といった声も聞かれます。最近、そういった声をいただくこともあるので、物心ついた年齢から楽しめるのではないかと考えています。

石戸

MESHは、インターフェースとしての可愛いらしさもありますが、どんどん使いやすくアップデートされていますね。小さい子どもでも使えるように、という配慮を感じます。

そのためもあってか、小学校から大学までというように、教育現場では幅広い年齢でMESHが活用されています。中でも小学校からの引き合いが増えているのでしょうか。

萩原

そうですね。小学校と同時に、中学校からも使いたいという相談が多くきています。小学校ではプログラミング教育の必修化が2020年からで、あと2年もないですよね。何とかしなくては、という温度感が昨年よりはずっと高まってきていると感じています。

MESHには、いろいろな授業と組み合わせやすいという特長があります。入力と出力のアイコンをドラッグ&ドロップしてつないでいくだけで、直感的にプログラムが作れるからです。MESHを活用した授業では、先生が冒頭の10分ほどかけて使い方を説明しただけで、あとは子どもたちだけでどんどん進めていってしまうようです。

直観的に使えるのは、「線でつなぐ」プログラミングの特長だと感じています。45分の1コマの授業の中でも、しっかり収まって「教えたいことを教えられる」のが魅力です。さらに、「この使い方でないとできません」、「この教え方でないとできません」といった制約が少なく、先に紹介したように、理科や図工、家庭科など、さまざまな教科で使っていけるでしょう。いろいろな学びの場で使えるのです。

「線でつなぐ」というのは、目で見えるという利点もあります。物理的な機器だけだと、無線でつないでうまく動かないときに、何が起きているのかを子どもたちは理解しにくいでしょう。作ってみてうまくいかないときに、何が起きているのか分からなかったり、どこでエラーが起きているのか分からなかったりすると、それがフラストレーションになって、子どもたちは作るのを諦めてしまいます。そこで、画面上で線でつなげて、プログラムの動きが光で見える形にしています。また、MESHブロックのアイコン部分を押すとMESHアプリの画面上のアイコンも光りますし、画面上でアイコンに触ってもMESHブロックのステータスランプが緑色に光りますので、物理的なブロックと画面上のブロックが連携していることがわかるようになっています。

アイコンを線でつなぎながらプログラミングしていく

MESHを使うとアイデアを共有できお互いに交換でき、さらに発展させられる

石戸

MESHは海外でも販売されています。海外の教育現場にも浸透していっているのでしょうか。

萩原

はい。実は販売当初から、日本だけでなく、米国でも販売しています。米国では、カリフォルニア州アラメダという地域の教育委員会で、IoTの教材として採用されています。2017年9月から中学校と高校で使われています。

海外の学校では、3Dプリンターやレーザーカッターがあるなど、ものづくりの設備が充実している場合が多いです。それらと組み合わせてMESHを活用することで、授業の幅も可能性も広がります。実際、センサーはMESHを使い、ハードは3Dプリンターで作ったといった作品が中学生や高校生から出てくることもあります。

石戸

誰もが文房具みたいに使えるというコンセプトで作ったというMESH。こういったものがどんどん広がって、将来的にはどのような社会になればいいとお考えですか。

萩原

MESHを使うと、子どもたちの多彩なアイデアがどんどん共有されて、お互いに交換され、発展して形になっていきます。その工程がとても良いと感じています。最初は、身近なところの課題解決からスタートして、それが家族の中や職場や学校など、身近な生活の延長線上にある課題の解決へと広がり、さらには、社会を変えるようなイノベーションへとつながっていくと素晴らしい。それが、最終的には、みんながアイデアを形にできる時代になったらいいと考えています。

石戸

アイデアが共有されて交換されて、発展していくという流れは、とても素晴らしいです。確かに、アイデアは頭の中にあるだけでは共有しにくいですよね。それが、MESHで目に見える形になれば、共有でき、交換できるようにもなります。イノベーションを起こすきっかけのひとつになる可能性もあるでしょう。本日は、どうもありがとうございました。