ゼロから創造する力を育むのにプログラミングは有効 好きなことをして楽しく努力しよう
東京大学 大学院情報学環 副学環長・教授 ユビキタス情報社会基盤研究センター長 博士(理学)
越塚登

「プログラミング学習普及プロジェクト Computer Science for ALL」を運営するCANVAS理事長の石戸奈々子が、プログラミング教育の推進やIT人材の育成に関わる方々にインタビュー。今回は、東京大学 大学院情報学環 副学環長・教授でユビキタス情報社会基盤研究センター長の越塚 登氏に、AI(人工知能)やIoTなどテクノロジーが進展する中、子どもたちは「今、何をどう学ぶべきなのか」についてお話を伺いました。

目次

  • テクノロジーが目指すのは人々の「Happiness(ハピネス)」
  • AI(人工知能)で労働生産性が高まれば人生100年時代の人生設計も大きく変わる
  • 現実の暮らしや社会と結びつく題材で学ばせることの大切さ
  • プログラミングとは、頭の中にしかないものを実現するプロセス
  • 小学校の段階から何もないところから創造する力を育む
  • コンピュータ的思考方法を効果的に学ばせる方法とは

テクノロジーが目指すのは人々の「Happiness(ハピネス)」

石戸

越塚先生といえば、ユビキタス・コンピューティング、今でいうあらゆるモノがネットにつながるIoTの先進的な研究に取り組まれてきました。まずは、先生の研究について聞かせてください。

越塚

ひと言で説明すると「小さいコンピュータ」の研究です。世界でのコンピュータ研究の歴史を振り返ると、「より早く、より大きく、より高性能なコンピュータ」を目指して研究が進められてきました。私はその反対に、「いったいどこまで小さいコンピュータができるのか」を研究してきました。小さいといろいろなところに埋め込むことができます。以前はユビキタス・コンピューティングと呼ばれ、現在のIoTへとつながっています。

石戸

まさに、コンピュータ研究の最前線に立たれていて、ここ20~30年間で世の中はどのように変化したと感じていらっしゃいますか。

越塚

最近、ちょうどそんなことを考える機会があったので、私が昔に取り組んだことを例にお話をしますね。いわゆる「電脳住宅」、スマートハウスの研究に携わりましたが、当時は数億円くらいもお金がかかってしまいました。1980年代はパソコンが普及していなかったし、コンピュータはとても大きかった(笑)。それと同じものが、今では秋葉原で部品を買ってくれば作れてしまいます。これが、ここ20~30年で変わってきたことだと感じています。

石戸

その流れで考えていくと、さらにこの先の30~40年でIoTなどが進展すると、人の暮らしや社会はどのように変わりますか。

越塚

AI(人工知能)やIoTなどテクノロジーが、何を目指していくのか。私はストレートに「幸せ」だと考えています。幸福とは何かを考えて、それに対してテクノロジーがいかに貢献できるのか、それを考えていく時代に来ています。その視点で、GoogleやAmazon.comなどの取り組みを見ていくと、人々の幸せに直接響くところにビッグビジネスのチャンスを見いだそうとしているように感じます。

石戸

技術的な発展を追い求めてきたフェーズから、それをどう活用して暮らしを豊かに幸せにするかを考える時代になったということですね。確かに物質的な豊かさなどは、幸せに暮らすこと、幸せへの中間パラメータといえますね。

越塚

人によっては、物質的に豊かになっても幸せではないという人もいるでしょう。いろいろな人たちが存在している中で、最終的に目指すべきことは、やはり「幸せ」そのものなのではないでしょうか。ICT企業が、こぞって健康や長寿、安心・安全などをキーワードにして研究開発に取り組んでいるのが、まさにその方向に目線を向けているからだと思います。

AI(人工知能)で労働生産性が高まれば人生100年時代の人生設計も大きく変わる

石戸

テクノロジーが人々を幸せにする社会がある一方で、世の中の多くの人たち、とくに子どもを持つ親の世代はみな不安を抱えています。分かりやすく言うと、「AIによって仕事がなくなる」といった不安です。実際、私もCANVASの活動を通じて多くの保護者、お母さんやお父さんにお会いしますが、将来、自分たちの子どもに仕事がなかったら、どうやってお金を稼いで暮らしていけばいいのか、そうならないために「今、どんな勉強をさせたらいいのですか」とよく聞かれます。越塚先生は例えば30年後、「人々は、今よりも確実に幸せになっている」と思いますか(笑)?

越塚

もちろんです(笑)。「仕事がなくなったらなぜいけないのか」をきちんと考えてみると、別の見方もできるからです。

今、仕事をしないといけないのは、働かないと経済的に苦しくなってしまうことが多いからですよね。将来、AIが人の代わりに働いてくれれば、多くの人たちの仕事量が減っても、生産性は高くなっていくでしょう。つまり究極の供給過剰になるわけです。つまり、人が働かなくても世の中は回るということです。

食料にしても、これからは人が肥料を与えたり害虫駆除を行ったりといったような労力をかけなくても、食べものが作れるようになるでしょう。食べものは長期保存に限界があるので、作ったら食べるか、食べないなら捨ててしまうかになってしまうことが多いです。そうなると、「働いていなくてもいいので、どうぞ食べてください」となる。工業製品もサービスもAIが供給できるようになれば、働いていない人でも消費という形で経済活動に参加するようになる。そうした未来の姿も容易に想像できるでしょう。

人生100年という時代になれば、20代から40代までの20年くらいを働けば、その間の生産力で、その人は十分に一生暮らせるようになると思います。人生100年のうち20年くらい働いて、その間に得た富で、40代になってからベンチャーを立ち上げるとか、違うことにもチャレンジできます。今の子どもが大きくなる頃は、そういった時代になっているかもしれません。

現実の暮らしや社会と結びつく題材で学ばせることの大切さ

石戸

2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されます。日本の小学校・中学校の教育環境は遅れていて、パソコンやネットワークが十分に整っていない場合もあります。AIやIoTといった先端技術がどんどん進展していく中、それらを教育環境にも取り込んでいけるような教育環境の「あり方」をきちんと考えて、整えていくフェーズではないでしょうか。

越塚先生は、例えばIoTについて、教育環境にどう組み込んでいけばよいとお考えですか。

越塚

私も子どもたちにプログラミングを教えることがあります。そのときに単純すぎるオモチャみたいな教材だと、子どもはすぐに飽きちゃいますね。プログラミングを教えるにも、ロボットをコントロールできますというのではなく、例えば、住宅など「建物を制御する」というテーマにして、さらにIoTを組み込んで、「街を丸ごと制御する」といった視点で学べるようにしたら面白いと思います。マイコンカーを動かすのではなく、本物の車をIoTで動かすほうが、リアリティがあって、断然面白いはずです。

IoTは人々の暮らしの様々なところに浸透してきていますよね。それを活かして実際の暮らしや社会に結びついた事例で学ばせるのがよりよい方法ではないかと思います。

石戸

それなら、子どもたちが、これをやると暮らしが変わり、社会が良くなると分かりますね。それが学ぶことの意味や価値につながり、さらに理解が進むでしょう。社会につながることは大切ですね。越塚先生が、子どもたちを集めてのプログラミングのワークショップで「地球を救おう」をテーマにしたのは、そういった意味合いですか。

越塚

まさにその通りです。「地球を救う」のワークショップは反応が大きかったですね。BBC micro:bit(マイクロビット)のセンサーで自然環境を測ることにして、どこの温度が高いとか、どこなら植物を植えられるなど、地球を救うというテーマで思いついたいろいろな取り組みをセンシングするプログラムを作っていきました。ラジコンカーのプログラミングでは、ただ走らせて止めるというものではなく、火山の中を自動走行させて内部の様子を測定するというシナリオでプログラミングしてもらいました。現実に近づけることで、子どもたちの興味を持つ度合いがまったく違いましたね。

プログラミングとは、頭の中にしかないものを実現するプロセス

石戸

プログラミング教育については、これまでにその必要性が注目された機会が2回ありました。パソコンが普及した時、インターネットが広がった時、そして今が「3回目の波」です。過去の2回は、全ての子どもたちが学ぶところまでは広がりませんでした。それがようやく、小学校で必修化されることになりました。

そうした中、「なぜプログラミングが必修化されたのか」、「どんなメリットがあるのか」という声もまだあります。越塚先生は、プログラミングを学ぶことのメリットや効果をどのようにお考えですか。

越塚

3点あると思います。

まず、第一に、コンピュータはいまや、仕事でも私生活でも必須です。子どもの時から慣れておいて、ある程度は使えるようになっていることは、社会生活や日常生活を送るうえで必要なことになりつつあります。

第二は、プログラミング的思考です。プログラミング教育の意義を考えると、2通りあると思うのです。「コンピュータのプログラム」そのものを教えるもの、「プログラミング的思考」を教えるものと、です。前者のプログラミングのスキルを学びますが、後者はプログラミングする時の思考方法を学んで身につけることで、いずれも重要だと思います。例えば、アルゴリズム的な思考とか、無矛盾な論理的記述をきちんと行うことなどがあるとおもいます。

第三番目ですが、プログラミングを通して日本人が苦手な思考方法を補えると思っています。というのも、日本人は、これまで帰納的な考え方が得意だったと思います。お手本があって、そのお手本を見て真似をしてみて、良くないところを直していくという「改善・改良」型の取り組みや考え方です。教育の現場でも、「習うより、慣れろ」と言われた経験がある人も多いのではないでしょうか。日本が欧米に追いつけ追い越せの時代であれば、先駆者を真似て改良していく手法で良かったのですが、これから先を考えると次のステップに進まなくてはなりません。

つまり、お手本がない。見るものがない。慣れる対象がない時代を日本が迎えるにあたって、「ゼロから自分で構築していく」ことが求められるようになります。新たなビジネスモデル、新たな制度やプロセス、新たな社会システム、こういったものを世界に先駆けて創り上げることは、日本人があまり得意とするところではありません。

そういうことに、コンピュータでのプログラミングの経験が役立ちます。理由は、プログラミングとは、「頭の中にしかないものを実現するプロセス」だからです。日本人があまり得意ではないとされる、「ゼロから考える」、「お手本のないところから創り出す」ことの訓練が効果的にできると期待しています。

小学校の段階から何もないところから創造する力を育む

石戸

世の中のビジネスモデルも大きく転換する中で、さらに新しい技術が入ってきて、社会制度そのものを再設計しなければならない時代になりました。だからこそ、無形のものをゼロから構築できる人材が求められ、その育成にもプログラミング教育が必要だということですね。

越塚

日本では、ものを作ることが得意な人は多いものの、「目に見えないもの」を作ることを得意とする人はそれほど多くはないと感じています。それが、プログラミングで鍛えられるのではないかと思うのです。ただし、その考え方からいくと、個人的にはブロック型言語は、頭の中にある無形のものを形にするのに適しているとは言い切れないと感じています。

頭できちんと考える前に、とりあえず形が合うように組み合わせてしまい、「習うより、慣れろ」モードに入ってしまうのではないかなと思うのです。改善・改良型はもともと日本人が得意としていたこと。それよりは、お手本はないものの、頭で考えたことを積み重ねていくことができるほうがいい。プログラミング言語でなくても、自然言語でもいいので、自分で考えたことをきちんと積み上げて、形にしていく力を訓練することが大切だと考えています。まずは、しっかり考えてから作るという訓練です。

石戸

小学校でもプログラミング教育が必修化されますが、小学生の段階から「しっかり考えてから作る」訓練をしたほうが良いのでしょうか。

越塚

「何もないところから創造する」ことを学ぶのに早すぎることはありません。小学校からやったほうがいい。私はいろいろな大学で授業をしていますが、ある題材があって「問題点や課題を見つけろ」というと東京大学の学生はうまくできます。ところが、「全く新しいことを創造しろ」という課題をだすと、どの大学の学生も似たりよったり。それは、これまでの学校教育の中で、その考え方や思考方法を教えてこなかったし、訓練もしてこなかったからだと考えています。

何か題材があって、その欠点を見つけるのは、じつはコンピュータが得意なのです。それにAIも、データがないと働けない、何もできない。データのないところからどうするか、それこそ人間がこれからやらないとならないことです。そのためにも、創造する能力を育む教育は小学校の段階から実施したほうが良いでしょう。

コンピュータ的思考方法を効果的に学ばせる方法とは

石戸

これからの時代にどんな人材が必要かとお聞きしたかったのですが、非常に明確なお答えをいただけました。何にもないところから考える力を育むためにも、プログラミング教育は非常に有効な手段ということですね。私もまったく同感です。

ところで、コンピュータ的な思考方法を学べることも、プログラミングを学ぶメリットの一つとされていました。そのコンピューテーショナル・シンキングについて教えてください。コンピューテーショナル・シンキングをいかに子どもたちに学ばせるのか、これについてはどのようにお考えでしょうか。

越塚

例えば、ブルーレイ・DVDレコーダーについてまったく知らない、おじいちゃんやおばあちゃんが、きちんと使えるようにするための説明文章を作るといった授業をやればいいと思います。国際化がさらに進展する時代にあっては、以心伝心ではなく、きちんとコミュニケーションできる能力が大切です。国語の授業で、感想文や作文だけではなく、機械の使い方がちゃんと論理的に伝わるマニュアルを作成する授業をやるのも大事だと思います。国語の授業でやるのが難しければ、プログラミングの授業の中でやってもいいでしょう。

石戸

本日は、テクノロジーの進展とそれによって必要とされる人材像、その育成のためにプログラミング教育がどう貢献すべきかについて、非常に示唆に富んだお話を伺えました。最後に、これからプログラミングを学ぶ多くの子どもやその保護者のみなさんへのメッセージをお願いします。

越塚

ただひと言、「好きなことをしよう」です。実は、これからの社会はこうなるだろうと予測をしていても、大抵は当たらないのです(笑)。将来を予測して、あまり好きなことではないのに、「こうなるはずだから、そのときのためにやっておこう」と無理すると、予測が外れたときにがっかりしますよね。でも、自分の好きなことをやっていれば、予測が当たらなくても納得できるでしょう。

人生は努力しても報われるかどうかは分からないものです。それでも、努力しないと報われないのは真実だと思います。「成功するから」という保証があっての努力はほぼ存在しないし、大人になると努力しても成功しない可能性の方がずっと高くなります。だからこそ、「努力していること自体が楽しくないと先はない」と言えるでしょう。「好きなことをする」というのは、実はとても大切なことだと考えています。

石戸

「好きこそものの上手なれ」ですね。非常に奥が深いメッセージだと感じました。本日は、どうもありがとうございました。