デジタル化で「論理構造の変化」 学習者が主体的に学びをデザインできる時代に
藤原 洋

「プログラミング学習普及プロジェクト Computer Science for ALL」を運営するCANVAS理事長の石戸奈々子が、プログラミング教育の推進やIT人材の育成に関わる方々にインタビュー。さまざまな立場から、プログラミング教育に求めることや、その可能性について伺います。今回は、株式会社ブロードバンドタワーの代表取締役 会長兼社長 CEOを務める藤原 洋氏に、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など最先端のテクノロジーが教育を、子どもたちの学びをどう変えていくのかについてお話を伺いました。

目次

  • ITは、もはや学校教育における「文房具」のようなもの
  • 子どもの「なぜ?」に妥協しない教育が大切 考えて作り上げるのにプログラミングが役立つ
  • 自分で理解すること、考えることを諦めなければ、可能性は広がる

ITは、もはや学校教育における「文房具」のようなもの

石戸

藤原さんといえば、1996年末にインターネット総合研究所を立ち上げられ、現在では、データセンター事業のブロードバンドタワー株式会社の代表取締役 会長兼社長 CEOでもあります。いわば、日本のインターネットやITの歴史を間近で見てこられた専門家です。エンジニアでもあり、研究者でもあり、起業家でもあり、最近ではAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)など先端技術に関するベンチャーをサポートする起業支援家でもあります。
深くて広い知見をお持ちの藤原さんに本日は、プログラミング教育についてお話をお伺いしたいと思います。ぜひ、産業界を含む幅広い視点からお聞かせください。

藤原

こちらこそ、よろしくお願いします。私は「イノベーションは産学連携から生まれてくる」と考えています。そこで、大学との交流を常に心がけています。教育という観点では、私自身、SFC(慶応大学湘南藤沢キャンパス)などで教壇に立ち、20代の若い人たちと交流するのを楽しみにしています。

石戸

今、教育の問題がいろいろと語られていますが、その背景には第4次産業革命があります。インターネットやIT(情報技術)の進展でもたらされた第3次産業革命と、現在の第4次産業革命とは、何がどう違ってきているのか。まずは、そのあたりからお話を伺えますか?

藤原

第3次産業革命では、インターネットやITをもとに新しい産業が生み出されました。具体的には、ヤフーやグーグルなどの検索エンジンサービス、Amazon、楽天などのEコマースなどです。その後、インターネットやITを使う人たちが自ら情報発信するソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)が生まれ、今は第4次産業革命の時代を迎えています。

第4次産業革命の時代は、情報発信をするのが「人」だけでなくなりました。全てのモノがインターネットに繋がるIoTの時代です。IoTのインパクトは、さらに「新しい産業を生み出す」というのではなく、「既存の産業をデジタルに変換してしまう」ところにあります。例えば、以前は化学メーカーにインターネットやITは、あまり関係なかった。石油を精製するなどの化学反応にデジタルという概念はほとんど必要なかったのです。

ところが、デジタルの時代になって、化学反応をサイバー空間でシュミレーションできるようになると、これまでは想像もつかなかった化学反応を検証してみたり、試してみたりできます。サイエンスのデジタル化です。同様にインダストリーのデジタル化も起きています。つまり、インターネットやITが既存のビジネスモデルをデジタル化してしまう、これが第4次産業革命の本質です。

石戸

そうなると、もう「インターネットなんて関係ない、ITなんて関係ない」という産業はなくなりますね。すべての産業がデジタル化し、多くの人の多くの仕事でITが必須になってくると考えます。だからこそ今、インターネット、IT、そしてプログラミングをどう教育すべきか、教育問題としてさまざまな議論が生じています。藤原先生は、今の日本のITに関連した教育の課題は何であるとお感じになっていますか?

藤原

まずは、インターネットやITに対する「意識」を含めた、リテラシーが全体的に高いとはいえないことです。学校の先生も、もう「私はITが苦手で……」とは言っていられない時代です。道具としてITを使う時代になった今、学校においては「文房具のようなもの」です。

その意味では、ITはあくまで手段であることも忘れてはなりません。学校の授業では理科や社会、数学などの科目の中で、それらをより効率良く学ぶ、より深く理解するためにITを使うということが大切だと考えています。

石戸

今、ITは学校教育における文房具のようなものというお話がありました。私たちもまったく同感で、以前から「読み・書き・プログラミング」と言い続けてきています。プログラミングを勉強することが目的ではなく、何かを学び、創るためのツールだということです。

2020年度から初等中等教育でプログラミング教育が必修化されます。ただ、プログラミングという科目が新しく登場するのではなく、算数や理科など既存の教科の中で学びます。

藤原

それで良いと思います。既存の科目の中にプログラミングを入れるのは、理に適っています。

子どもの「なぜ?」に妥協しない教育が大切 考えて作り上げるのにプログラミングが役立つ

石戸

藤原先生は、イスラエル工科大学テクニオンより、名誉フェローの称号を日本人で初めて受賞されました。こうした活動を通じて、海外におけるIT関連の教育にも造詣が深いと思います。他の国のIT関連の教育と比べて、日本の教育をどのように捉えていらっしゃいますか?

藤原

はっきり言うと、「遅れている」と感じています。ただし、遅れているからこそ、海外の先進的でベストな方法を、すぐにインプリメンテーション(実現させること)できるとも言えます。一気に最良の教育方法を導入できるチャンスでもあるでしょう。

イスラエルについて話すと、ITとライフサイエンスに関して先進的な教育を展開しています。それを支えているのが数学力だと思います。数学的なものの考え方を幼少期から、家庭教育においても徹底しています。日本の教育は、これまで暗記科目を重視する傾向にありました。それに対し、数学力とは、論理的なものの考え方ができる能力のことです。ルールや定義から正しい答えを導きだすのです。

イスラエルでは、幼少期から「なぜ?」という疑問に対して妥協しないのです。徹底的に考えさせる。英語のスラングでは、「教育ママ」のことを「Jewish Mother(ユダヤ人の母親)」と呼びます。日本の教育ママは点数主義でしょう。しかし、これからはイノベーションの時代です。「なぜ?」を自分の頭で繰り返し考えて、答えを導き出すために頭も手も動かすことを早めに教育すべきです。自分で考える教育こそ必要です。

「自分で考えて、手も動かす」ということでは、自らプログラミングすること、プログラムを自分で考えて作ってみることは大いに役に立つでしょう。ルールに則ってプログラムを作ればコンピュータは動きますが、ルールから逸脱すると動かない。そこで、なぜ動かないのか考えることが訓練になります。自分の頭で考えることを教育に取り入れるためにも、プログラミング教育に期待しています。

石戸

保護者の方からよく聞かれるのは、「うちの子はどんな仕事を目指せばいいか」、それに向けて「どんな力を育てていけば良いか」ということです。藤原先生ならなんとお答えになりますか?

藤原

保護者が自分の子どもがどんな職業につけばいいかなどと考えるのは、そもそも、子どもに対する「お節介」にほかならない。子どもに選ばせればいいことです。親から見れば子どもの選択が間違っているように思えたとしても、問題ないのです。本人が興味を持って、なりたい仕事につけばいい。自分で選んだ仕事でないと身が入らないでしょう。知り合いでも、医者の息子で医者に向いてない人がたくさんいますよ(笑)。

自分で職業を選ぶ際には、価値がある仕事、生き残れる仕事を、デジタルテクノロジーを活用して実現するようにすればいい。言い換えれば、デジタルテクノロジーがあれば、仕事を変えていけるのです。どんな仕事に就いたとしても、デジタルテクノロジーの活用により、その仕事をより良い仕事に変えられるはずです。

石戸

今までのお話しを伺うと、「なぜ」を問い続けて論理的に考える力、好きなことを見つけて没頭する力、その中で新しい価値を創出できること――これら3つがこれからの人材育成で大切なことと言えそうですね。

藤原

とても大切な能力だと思います。

自分で理解すること、考えることを諦めなければ、可能性は広がる

石戸

過去の歴史を振り返ると、新しい技術が新しい教育を作ってきたという見方もできます。例えば、活版印刷の技術から教科書が生まれ、一斉授業が可能になったというように。同じように、コンピュータが普及して、新しい学習のあり方が生まれました。今後、AIやIoTなどの新しい技術は、教育にどのように影響するのか、教育をどのように変えていくのでしょうか?

藤原

AIやIoTに限らずデジタルテクノロジーの進展は、先ほどもお伝えしたように、サイエンスのデジタル化、インダストリーのデジタル化をもたらします。ただし、私は本当の意味でのデジタル化とは、論理構造が転換することだと思っています。

今、「モノが売れない時代」と言われることがありますが、それは、市場を動かしていた力、市場の原動力が供給者側から需要者側に移ったからです。わかりやすく言うと、「ユーザー視点」になったのです。

今までは、良いモノ、売れるモノは、作る側、つまり供給する側が決めていたのですが、今や買う側があらゆるデジタルツールを使い、欲しいモノを探し、比較して購入するかどうかを決めています。需要者側の論理でモノが売れるかどうかが決まるようになりました。つまり、論理構造の変化です。需要者がいったい何を求めているのかを考え、その求めているモノを作るという論理構造に変わってきたのです。これが本当の意味でのデジタル化であると考えています。

その視点で、教育を見ると「学ぶ側が何を知りたいのか」、「どう知りたいのか」をもっと考えるべき必要があると思います。新しいテクノロジーの進展で、これからは、学ぶ側が知りたいことを、知りたい方法で学べるようになっていくでしょう。そんな変化が起きていくのではないでしょうか。

石戸

人生100年時代と言われ、生涯にわたって学び続けねばならない時代です。学習者主体で学びをデザインしていくことが大切になり、それを実現するための手段としてテクノロジーをどう活用していくかを考える時代になる。その考え方は、まさに「超教育」(従来の学校の枠を取り払った学びの場)につながるものがあります(注:従来の学校の枠を取り払った学びの場の確立などを目的に2018年6月に超教育協会が設立された。石戸は同協会の理事長、藤原氏は同協会の幹事を務める)。

そんなふうに時代が動いている中、一方で子どもを持つ保護者たちは、子どもの教育をどうすればいいかで悩み、不安を抱えています。そんな保護者たち何か良いアドバイスはありませんか?

藤原

これまでの学校教育がそうであったように、あなたは90点、あなたは80点、あなたは30点といった点数主義に基づいた画一的な能力評価は、今の時代に合わず、限界を迎えています。今の時代に必要となるのは、繰り返しになりますが、「なぜ」を追求し、理解することを諦めない能力です。自分で考える力を養うということは、自ら選べる能力にもつながります。

この「自ら選べる能力」は教育現場にも求められています。1000人からできる人を100人選ぶのではなく、1000人が1000通りの道を「自分で選べる」ようにすることが求められているのです。

石戸

多様な生き方を選択できる社会をつくっていきたいですね。藤原さんが、今の時代の子どもたちに、何か声をかけてあげるとすれば、どんな言葉ですか?

藤原

「君はすごい人になるよ」、ですね。自分で理解すること、考えることを諦めなければ、可能性は広がります。

石戸

たしかに自分の上限を自分で決めてしまうと、可能性を狭めることになります。自分には無限大の可能性があると思うことが大切ということですね。本日はありがとうございました。