イングランドにおけるコンピューティング必修化から学ぶ
鵜飼佑

目次

  • イングランドにおけるコンピューティングの必修化について
  • 必修化で露呈した5の課題
  • 露呈した課題を解消するために
  • コイングランドでの必修化後の実態
  • 研修会、ノウハウ・知見共有などの教員向け支援
  • コンピューティングの評価
  • BBCにより100万個配布、micro:bitの活用状況
  • 授業以外での活動

 2020年から本格的に始まる小学校でのプログラミング必修化に向けて、学校教育でのプログラミング教育のあり方が問われている。そうしたなか、CANVASは「英国でのコンピュータサイエンス教育の今とは? 必修化3年後の状況と日本のこれからの『プログラミング教育』を考える」と題したイベントを東京・品川の日本マイクロソフト本社で2017年12月14日に開催した。

 英国・イングランドでは2014年から、「コンピューティング」が必修化され、数学や英語のように必修科目の1つとして設けられている。その動向に詳しい鵜飼佑氏を招き、必修化により見えてきた課題などを共有し、今後の日本での取り組みの参考にする狙いである。鵜飼佑氏は、英国King’s College Londonに留学し、コンピュータサイエンス教育の研究に携わっている(イベント当時は、Computing in Educationという修士課程に在籍。その後日本に帰国、現在は文部科学省に勤務)。

 イベントは鵜飼氏がイングランドでのプログラミング教育について紹介する前半と、その内容を踏まえた質疑応答の後半で構成。冒頭でCANVASの石戸奈々子理事長は、「イングランドでは2014年9月から、5歳から14歳までのすべての子どもたちが既にプログラミングを学んでいます。日本のプログラミングの必修化において、最も参考にしたい国であると言っても過言ではないと思います。そこで、イングランドで必修化してから3年を経てどうなっているのかについて、鵜飼さんにたっぷり伺ってみたいなと思います」と狙いを説明。

 続いて、マイクを握った鵜飼氏はスライドに基づいてイングランドでのプログラミング教育について紹介した。ここでは、スライドを引用しつつ、スライドに基づいて鵜飼氏が語ったポイントを中心にお届けする。

イングランドにおけるコンピューティングの必修化について

 まず、コンピューティングの授業が必修化されて3年が経過した2017年11月に公開されたレポート「After the Reboot? Computing Education in UK Schools」を紹介。116ページにも及ぶ本レポートは、必修化の取り組みや事例、評価などを総括した内容である。鵜飼氏はこのレポートを、「結論から言いますと、本リポートの結果は、コンピューティング教育がイングランドでは非常につぎはぎだらけで、うまくまとまっていないというような結構手厳しい批判的な内容になっています」と総評した。

 そのうえで鵜飼氏は必修化の内容を紹介した。イングランドでは5~11歳までのプライマリースクールと、セカンダリースクールにおける11~14歳まででコンピューティングの授業が必修化されており、この期間は週1時間が割り当てられているという。

 続いて鵜飼氏は、このイングランドにおけるコンピューティングの授業の目的を次のように説明した。「大事なのは、コンピュテーショナルシンキング(CT)を教えるんだよ、というのをすごく強調しています」。イングランドにおいては、官民学のコンソーシアムのComputing At School(CAS)がCTを定義しており、具体的には以下の6つで構成されるという。

 ・アルゴリズム(Algorithm)―「何かの問題を解決するためには、順番に並んだルールや命令の塊(かたまり)を適応できる」という考え方

・ロジカル・リーゾニング(Logical Reasoning)―「物事をよく分析すれば、何が起きるのかを予測できる、もしくは結論を出せる」という考え方)

・デコンポジション(Decomposition)―「大きな問題は複数の小さな問題に分割できる」という考え方

・アブストラクション(Abstraction)―「複雑な物事も、不必要な情報を無視し、必要な部分を抽出することでシンプルにできる(抽象化)」という考え方

・パターンズ・アンド・ジェネラライゼーション(Patterns and Generalization)―「共通点を見つけることで、同じ解決策や考え方を再利用できる」という考え方

・エバリュエーション(Evaluation)―「物事を決める際には、評価基準を決め、トレードオフを考慮してどれが最適かを比べる必要がある」という考え方

 以上を説明したうえで鵜飼氏は、「プログラミングはCTおよびコンピュータ科学を実践的に学ぶためのツールであるというように定義されている。そのため、プログラミングを学んだら終わりではない、ということははっきりと述べられています」と強調した。

 CTおよびコンピュータ科学を学ぶためには、「ナショナルカリキュラムは非常に定義がざっくりとしていて、これでは授業できないので、CASが発達段階において何を学ぶのかを示したComputing Progression Pathways(CAS)をオンラインで公開を公開しています」

 ただし、鵜飼氏はこうした目的を示したうえで、「CTを教えると言っていたのに、プログラミングに偏っているではないか、という批判はけっこう多い」という。「コンピューティングは必修化したけれども、内情はかなり、特にセカンダリースクール以降においては、プログラミングに寄ってしまっているのでは、という批判があります」

必修化で露呈した5の課題

 鵜飼氏はこのようにコンピューティング必修化の現状を説明してから、本題である「After the Reboot? Computing Education in UK Schools」が指摘した必須化で露呈した5つの課題を説明した。

 同レポートが指定した5つの課題とは以下の通りである。

1. GCSE以降でコンピューティングを学ぶ生徒が少ない
2. 性別間格差
3. 教員不足
4. 既存教員へのサポート不足
5. CS教育の研究に基づいた政策立案の不足

 「1. GCSE以降でコンピューティングを学ぶ生徒が少ない」について鵜飼氏は、「14歳以降で(コンピューティングが)必修じゃなくなったときに、コンピューティングを選ぶ生徒が少なすぎる」と説明。GCSEは、「16歳で受けるセンター試験のようなもの」で、この試験において選択科目のコンピュータ科学(CS)を選ぶ生徒が少ない(全GCSE受講者の約11%)だという。少ない理由は、目的が分からないので興味が湧かなかった、(14歳以降は)そもそも学校の授業にCSがなかった、試験が難しそうで敬遠された、ためだとされる。

 特に「興味がない」ことに関して鵜飼氏は、「レポートにはあまり載ってないのですが、僕が見聞きしている範囲では、授業のクオリティにばらつきがあるのが現状です」と言い添え、それにより興味を持てない生徒がいることを示唆した。

 「2. 性別間格差」については、ほかのSTEM科目と比較してもGCSEでCSを選ぶ女子生徒の比率が低いそうだ。これについて鵜飼氏は「女子に対して、CSがオタクっぽいイメージを払拭することをもっとやっていく必要がある」と指摘する。

 「3. 教員不足」で鵜飼氏は、「イングランドは2012年から5年間での教員の採用目標において、コンピューティングを指導できる教員を増やす方針を掲げていたが、68%しか達成できなかった」という。その解決策として、「学校や教員が負担しなくてすむ科目間転換研修コースの設置や、エンジニアに教員になってもらうようなパラレルキャリアの採用が提案されている」

 「4. 既存教員へのサポート不足」では、「44%のセカンダリースクールの教員が、最初のほうのカリキュラムである簡単な内容しか教えられない」(同)。そのため、「やはりこの辺りが、教員のクオリティが低いと言われてしまっている点かなとも思っています」

 最後に「5. CS教育の研究に基づいた政策立案の不足」については、「大学だけではなく、小中高生を対象にしたCS教育の研究を増やしていこうという提案がなされています」。「そもそもCS教育を専門に研究する教員や研究者が少ないため、もっと増やしていく必要があるとレポートでは強く主張しています」

露呈した課題を解消するために

 こうした課題に対してイングランドは、「レポート公開後もう1週間ぐらいで、150億円をコンピューティングの教員養成につぎ込む、という発表をしています。もともと、初めからこのリポートはこのために書かれたようです」(鵜飼氏)

 加えて「2018年から主にGCSEレベルのコンピューティングを指導できる8,000人の教員を育成するとか、グーグルも約1.5億円をRaspberry Pi Foundationを通じて教員養成に提供するなどの動きがもう始まっているという。

 鵜飼氏の講演に続いては、石戸氏が会場からの意見を代表するかたちで、日本でのプログラミング教育必修化を見据えた質疑応答が以下のように実施された。

石戸

CANVASは日本におけるCASを目指して活動を進め、プログラミング教育のプラットフォームを構築すべく、2012年よりPEG*をスタートさせました。PEGは、Googleの支援を受けたため、キックオフの際にはGoogleのエリック・シュミット氏と一緒に共同記者会見をしました。必修化の際に課題にあがる指導者不足、カリキュラム不足、環境未整備、支援体制不足などに対応をする活動をしてきました。記者会見でのエリックさんの言葉は「日本はソフトウェアの分野ではリーダーにはなれていない。10代からプログラミングを始めること、コンピュータ科学に触れる機会を増やすことが変化の第一歩になる」でした。

*PEG:プログラミング教育普及プロジェクトProgramming Education Gatheringの略。小型コンピュータ5000台の配布、1000人の指導者育成をした結果、2013年から1年間で 25000人の子どもたちにプログラミング教育の機会を提供。

現在も、日本マイクロソフト株式会社の皆さんとProgramming for ALLを推進しているように、全国各地で、学校・地域の方々と連携し、自律的・継続的にプログラミング教育を推進するコミュニティづくりをしています。日本のプログラミング教育必修化は3年後。それまでにいかに準備を進められるかが重要です。そのヒントをイングランドの事例から頂きたく、もう少し質問をしたいと思います。

イングランドでの必修化後の実態

石戸

コンピューティングが必修化される前後での世論はどうだったのでしょうか。

鵜飼

いろんな会社が教材を出すなどのバブル的な動きがあったようです。時間が経つにつれて使われる教材が絞られてきて落ち着いてきたという現状です。

石戸

コンピューティング教育に関する抵抗はなかったのでしょうか。

鵜飼

イングランドではコンピューティングの前からICT教育が週1時間ほどあったために、そうした教育に関する抵抗はあまりなかったようです。

石戸

総論としてお聞きしたいのが、実態としてどの程度定着しているのかを聞きたいです。

鵜飼

小学校にてどの程度実施されているかというのはレポートにも書かれていなくて、肌感覚でいうと、かなりグダグダなようです。具体的にはコンピューティングの授業ではなく以前から実施しているICTの授業をそのままやっているとか、です。こちらでは学校ごとに科目の時間が決まることもあり、実態がなかなかわかりにくいです。

石戸

なるほど。ではCASとしては、小学校でコンピューティングの授業を週1時間必要という目安を示しているけれども、実態としてはかなり怪しいわけですね。

鵜飼

はい、かなり怪しいと思っています。

研修会、ノウハウ・知見共有などの教員向け支援

石戸

学校の先生が週1時間の授業をつくるというのは非常に難易度が高いと思います。そのため、ある程度パッケージ化された、これをなぞればできるというようなものはあるのでしょうか。

鵜飼

はい、そのための教材、本がいろいろと用意されています。

石戸

先生方がつくられた授業案を共有する仕組みなどはあるのでしょうか。

鵜飼

CASがオンラインの掲示板を用意していて、そこにさまざまな質問等をできるようになっています。その掲示板には教員もいるし、研究者もいるというかたちです。ただ、教員全体のなかで参加している先生の割合は少ないと思います。

石戸

CASが用意している教員研修は具体的にはどういう内容なのでしょうか。

鵜飼

CASは基本的に各地域に研修をする先生を配置していて、教材も彼らが自由に選べるようになっています。

コンピューティングの評価

石戸

コンピューティングの評価についても教えてください。先生方はどういう指標を作って評価されているのでしょうか。

鵜飼

小学校では教材に紐付いた評価シートがあってそれに基づいているようです。CTに関しては、Beaver Computing Challenge用の問題がけっこう使われています。

石戸

どちらかというと知識とかスキルを評価する傾向が強いのでしょうか。

鵜飼

そうですね。CTは測りづらいので、どうしてもスキルを測ることになっているようです。個人的には、小学校では、Scratchをやって楽しいねという体験を得られれば、きっかけとしてはよいのではと思います。

BBCにより100万個配布、micro:bitの活用状況

石戸

Programming for ALLを通してCANVASも活用を進め、日本国内でも教育関係者やエンジニアから注目を集めているmicro:bitですが、イングランドではBBCによって100万個のmicro:bitが配布されましたよね。実際の活用状況はいかがしょうか。

鵜飼

micro:bitは僕が見聞きしている範囲でいうと、配布された当初に教材や研修が十分になかったこともあって、日本で想像されているほどすべての学校で使われているというわけではないようです。

授業以外での活動

石戸

授業以外での活動はどうでしょうか。英国の授業外の活動としてCode Clubが普及していると聞きますが、CodeClubの運営や実態についてはいかがでしょうか。

鵜飼

授業以外でもクラブ活動を中心にコンピューティングの活動が盛り上がっています。62%の小学校において、何らかのコンピューティングに関する活動があるとされ、一番規模が大きいのがCodeClubです。「CodeClub」は、現在Raspberry Pi Foundationの一部になっている非営利団体で、9から13歳対象に無料で教材提供しています。もともとイギリスには6,000以上のCodeClubがあって、7.5万人も来ているそうです。

 最後に鵜飼氏は、「プログラミングに限らないですが、デジタルでモノを作るというのは、他の人をハッピーにできる力があります。プログラミングは、『自分が他人に貢献できる価値がある』というのを実感できる良いツールです。Scratchで作品を作って共有して遊んでもらうというのもそうですね。皆がプログラマーになってほしいというわけではないですし、いろいろな課題もあるとは思いますが、デジタルの力で自分のアイデアを形にして他人をハッピーにできることを子どもたちに知ってもらいたい」と述べて、イベントを締めくくった。