市内42全小学校でプログラミング教育 千葉県柏市の取り組みを支える外部連携
柏市教育委員会 学校教育部 学校教育課 副参事
佐和伸明

「プログラミング学習普及プロジェクト Computer Science for ALL」のアドバイザーのみなさんに、CANVAS理事長の石戸奈々子がインタビュー。様々な分野のプロフェッショナルであるアドバイザーの方々に、それぞれの「プログラミング教育」についての考え方、視点について伺います。今回は、2017年度から市内の全小学校でプログラミング教育を開始した千葉県柏市の柏市教育委員会 学校教育部 学校教育課 副参事の佐和伸明氏に、取り組みの経緯、今後の展望について聞きました。

目次

  • 30年も前にすでにプログラミング教育を実施
  • 柏市全体の情報教育の一環としてプログラミングを
  • ICT支援員、地元ベンチャーなど外部の力を活用
  • プログラミング教育の目的は何か?
  • プログラミング教育の質を担保する様々な工夫
  • 今後は各校で工夫や特色あるプログラミング教育を

30年も前にすでにプログラミング教育を実施

石戸

2020年度から全小学校でプログラミング教育が必修化されます。それに先立ち、柏市は2017年度から、全小学校42校でプログラミング教育をスタートさせました。まずは、その経緯について聞かせてください。

佐和

柏市として、これからの社会を生き抜く子どもたちを育てるなら、やはり、「これからのこと」を学ばせる必要があります。今後、ますます進展していく情報化社会を生き抜く子どもたちを育てるには、プログラミングは必須の能力ではないかということを教育委員会で話し合いました。市長には、これからの情報化社会において必要になる「情報活用能力」、情報リテラシーのひとつとして、柏市の全小学校で取り組むべきことの重要性を伝え、実施の運びとなりました。

石戸

42校全てで一斉に実施するのは、全国初ですね。先進的な取り組みですが、教育委員会や学校現場から疑問の声や反対の声はありませんでしたか。

佐和

確かに様々な意見があります。それを踏まえたうえで柏市では、「市全体の教育施策をどうすべきか」という枠組みの中で、プログラミング教育について考えることができたのが良かったと思っています。じつは、2016年時点には、現在の私のポジションである「柏市教育委員会 学校教育部 学校教育課 企画担当」という部署はありませんでした。その時までは、教育委員会の中でもそれぞれの課で、個別に企画を立てて取り組んでいたのです。

ところが、今後の柏市の教育施策を考えたとき、柏市全体でどういった取り組みを推進していくべきか、その方向性をとりまとめる部署が必要です。そこで学校教育課に「企画担当」が新設されました。

その新設された学校教育課「企画担当」で柏市全体の教育施策を考え、プログラミング教育の位置付けを改めて見直していきました。じつは、柏市は今から約30年も前の1987年(昭和62年)に、すでにプログラミング教育を実施しています。当時は、プログラミング教育ソフトの「ロゴライター」やプログラミング言語のBASICを使ったハイレベルなカリキュラムでしたが、私も含め教育委員会の中には、その経緯を知っている人が多くいました。いわばプログラミング教育に関する土壌はあったのですね。その土壌の上で、将来の情報化社会を見据えたときのプログラミング教育の必要性を再認識しようと話しあっていった結果、多くの理解を得られたと思っています。

柏市全体の情報教育の一環としてプログラミングを

石戸

約30年前にプログラミング教育を実施していたという歴史的背景、教育委員会の理解、重要性を認めてくれる市長と全てがマッチして全小学校一斉導入に至ったのですね。42校、118学級、3600人の児童が対象とのことですが、「どの学年」の「どの教科」で「何時間やるか」については、どのように決めていったのでしょうか。

佐和

当初は正直、白紙でした。そこからスタートして、まずは、プログラミング言語については、Visual Basicやビスケットなどを検討した結果、汎用性があるということからスクラッチ(Scratch)になりました。

次に、何年生の授業で実施するかを考えたとき、柏市ではすでに情報活用教育を一定のカリキュラムに基づいて実施していました。ICT支援員を各小中学校に派遣して、教員と一緒に情報活用能力を育てる授業を実施する取り組みです。例えば、小学1年生は「はじめてコンピュータ」で、小学2年生はなしで、小学3年生で「ローマ字入力」を習います。小学5年生で「プレゼン作成」、小学6年生は「情報モラル(ネット被害)」、中学1年になると「ネットいじめ」、中学2年では「情報モラル(SNS)」です。

このカリキュラムをみると、小学4年生がちょうどあいていました。しかも、4年生といえば、自分たちの身の回りのことにも興味を持ち始め、授業の中にも地域や千葉県のことを調べる内容もでてきます。世の中のことを考え始めるちょうどよいタイミングでもあります。

しかも、小学4年生、5年生、6年生と自分の世界広がり、世の中に目が向けられれば、「どれだけプログラミングされた社会に生きているのか」と知ることができます。今まで疑問を持たなかったことでも、コンピュータでどう動いているのか、どういう仕組みになっているのかと疑問を持つようになれば、そこから新たな探求心も芽生えるでしょう。小学4年生でプログラミングを体験しておけば、教科学習に使えるはずです。そういった意味合いから小学4年生がちょうどよかったのです。

「どの教科」で「何時間やるか」については、1学期中の総合学習の時間を2時間連続で使って実施しています。全校で1学期に実施しているのは、学習の理解度に差がでないようにするためです。子どもたちは日々、成長していますので、ある学校では1学期、別の学校では3学期に実施とすると、学習理解度にバラつきがでてしまう可能性があるのです。

ICT支援員、地元ベンチャーなど外部の力を活用

石戸

柏市では、情報活用能力全般を小学1年生から6年生、中学1年生、2年生までデザインした中に、小学4年生のプログラミング教育を組み込んだのですね。ところで、ICT支援員を全部の小学校に1時間といえども派遣するのは、人材確保、予算確保など様々な点で大変な取り組みではないですか。

佐和

現在、柏市には10人のICT支援員がいて、5人が小中学校を巡回し、今、お話をした情報活用教育のカリキュラムに沿った授業を教員と一緒に実施します。残りの5人が5つの学区にある中学校をまわっています。以前は、小中学校を巡回するICT支援員は4人でしたが、小学4年生でプログラミング教育を実施するということで1人増やしました。その意味では、従来のICT支援員から1名増加で、プログラミング教育を実施できています。

石戸

ITC支援員の方々は、みなさんがプログラミングの知識を持っているわけではないでしょう。知識やスキルを平準化することも必要だと考えます。研修などは実施しているのですか。

佐和

そのあたりも柏市は非常に恵まれていると思っています。ちょうど、地元にプログラミングを教えてくれる団体があり、そこに協力をしてもらっています。具体的には、小学4年生に、スクラッチでどんなことを教えたらよいのか、その内容を提案してもらい、それに基づいてICT支援員と教員がどういった授業を実施すれば良いのかを考えています。

ICT支援員の研修もさることながら、大切なことは、「小学4年生のクラス担任に、授業にどう参加してもらえるかということ」です。プログラミングの知識やスキル、経験のない担任では、プログラミングについての説明はなかなか難しいでしょう。しかし、児童をうまく導いて、話し合わせたり、何かを作るといった作業をさせたりすることには手腕を発揮します。そこでICT支援員とうまく役割分担しながら、授業を実施しています。

プログラミング教育の目的は何か?

石戸

つまり、具体的な研修はしないが、地元の企業のベンチャー企業の力も借りるなどして作った授業内容をもとに、担任とICT支援員が話し合って役割分担をして授業を進めているのですね。先生がたの反応はいかがですか。

佐和

授業の後に先生がたにアンケートを実施しました。小学4年生で2時間授業をした後の発展的な学習については、担任自身が工夫をして展開していかなくてはなりません。その視点でアンケート結果を見ると、「すぐにでもやりたい」が7人、「近々にやる予定」が約20人、「やりたいが時期未定」が32人でした。大切なことは「やりたいとは思わない」が0人で、一人もいなかったことです。そして、「やりたいが次に何をしていいかわからない」ということが明確になりました。そこフォローしていくことが、教育委員会も含め、新たに取り組むべき課題の一つです。

子どもたちにとっても、この2時間の総合学習の時間は、「プログラミングとの最初の出会い」になるでしょう。だからこそ、「良い出会い」にして欲しいし、良い出会いをさせてあげたいと考えています。

石戸

先生がたとICT支援員が役割分担をしながらプログラミング教育を実施しているとのことでした。とはいえ,新しい試みです。授業内容の質を担保することも大切だと感じます。どのように取り組んでいるのですか?

佐和

「IT Adviser On Line」というWebサイトを立ち上げています。プログラミング教育、ICT教育に取り組む先生がたをオンラインでサポートするサイトです。ここでは、プログラミング教育に取り組む先生がたのアドバイスになるような研修動画、授業に活用できるワークシートなどを準備しています。こうした取り組みで授業の標準化にも取り組んでいます。

石戸

アンケートでは、「やりたいが次に何をしていいかわからない」という先生がたが多いことが明確になりました。そのフォローが課題とのことでしたが、具体的な取り組みは進めているのですか。

佐和

「正方形を描くプログラムを作る」という授業を、算数に取り入れて実施しています。これは、数歩進めて90度曲がるという動作を4回繰り返すプログラムを作れば、正方形が描けるのですが、ここで重要なことは、同じプログラムを4回書くのではなく、「繰り返せばいいのでは」と子どもたちに気づかせること。考えさせて、気づかせることを算数の授業で、プログラミングを教材として実施しています。

正方形が描けたら、次は正三角形を描いてみようと展開するのですが、そのとき角度を「数歩進んで、60度曲がる動作を3回繰り返す」とすると正三角形になりません。答えは、120度曲がるというプログラムにしなくてはなりませんが、そこを考えさせるのがこの授業の狙いになります。

この授業の難しさは、もともと教科の目的と、プログラミングの活動がずれてしまうことがあるということです。ここで、子どもたちが困っているからと、「120度にしてごらん。うまくいくよ」と教えてしまうと、子どもたちはプログラミングの楽しさは体験できても、論理的思考能力を養うという授業本来の目的は達成できないでしょう。

こうなってしまっては、「何の授業か?」となりかねません。プログラムスキルを短時間で身につけさせるのが目的はないのです。例えば、算数の授業でプログラムを取り入れるなら、その授業の中に「たまたまプログラミングが入っている」という位置付けにしなくてはなりません。そこを先生がたに理解していただくことが大切です。

石戸

確かにその通りですね。教育委員会としてのフォローはどのようにしているのですか。

佐和

テンプレートを用意しています。先生がたが、算数の授業で「今日は正多角形を作ってみましょう。みんなはスクラッチをやったことあるよね」と授業ができるようなテンプレートで、正多角形を作るための最初の数歩は進むようにあらかじめプログラムされています。先生は、繰り返しの部分を理解し、そのブロックを使いこなせれば授業ができるテンプレートです。

石戸

なるほど、全小学校の小学4年生がプログラミングの基礎を一斉に学ぶことで、以降は教科の理解を深める学びに集中できる環境を整えているのですね。その意味では、 基本的なことを学ぶのに小学4年生の2時間は妥当でしたか。

佐和

教育委員会としては、妥当だったと思っています。教育委員会が最低限度の支援をするという考え方に立てば2時間が限度だと思います。2時間の後、次にどういう授業したら良いのかについて迷うことは、先の先生がたのアンケートからも明確です。そこで、小学4年生で2時間プログラミングしたら、5年生で正多角形、6年生でセンサーと勉強していけるように、テンプレートを提供します。そこまでは教育委員会でやります。

プログラミング教育の質を担保する様々な工夫

石戸

授業に参加した子どもたちの反応はどうでしたか。

佐和

子どもたち300人にアンケートをとりました。結果は、楽しかったがほぼ100%。子どもたちにとって、プログラミングとの「初めての出会い」となるので、良い出会いをさせたいと願っていました。肯定的な意見が99%で良かったと思っています。興味深い回答は、「普通の授業よりも真剣に、よく考えた」という回答が80%以上にも達したことです。スクラッチは、それほど難しくないはずですが、それでも、子どもたちは、アタマを使うなと感じているようです。

石戸

まさに、プログラミングをもとにした授業の成果、価値ですね。他の学校でも、子どもたちが主体的に試行錯誤しながら学ぶようになったという声を聞きことが多いです。ところで、多くの自治体では、プログラミング教育の全小学校で実施と聞くと、学校そのものにITC環境が整備されているからできるのだと思われるかもしれません。柏市の情報教育環境の状況を教えてください。

佐和

じつは、それほど充実はしていません。例えばタブレット端末の台数にしても、文部科学省では「3.6人に1台」といった数値を掲げていますが、柏市は8人以上で1台数を使っている状況です。これは、全国の自治体でも普及率が低い方だと思います。パソコン教室においてあるタブレットを使うのが基本です。

石戸

ハードウェアやインフラの面では、決して恵まれているとは言い切れないということですね。それでも、全小学校でのプログラミング教育を実践しているのは、やはり、成功要因があると感じます、ICT支援員、地元企業そして、教育委員会として質を保つための教材化ができていることが大きいと感じました。

佐和

42校もあるので、どの授業も質を高く保てるようにパッケージ化を考えています。その意味では、ICT支援員も教育委員会と一緒に取り組んでいるのです。教育委員会の私たちと一緒に「こういった授業を作っていこう」と話し合い、取り組んでもらっています。あわせて、小学校に派遣される5名のICT支援員には、みな同じことができるように、こちらでいわば育成もしています。

また、ボランティアの方々の力も活用しています。「あまり学習が進まない子どもたちへの支援です」、「前面に立って授業をしてもらうことはありません」と役割を明確にしたうえで、4日間のスクラッチの研修を受けてもらい、しかも交通費も謝金もなしでお願いしています。交通費も謝金もなしというのは、「教育委員会配下のボランティアではない」と明確にするためです。ボランティアの方々には地域に戻ったら、ある意味、自由にコミュニティを作り、そこで、プロラミング教育を推進していただきたい。そのときの立場は、教育委員会と対等でなくてはならないと考えているからです。

今後は各校で工夫や特色あるプログラミング教育を

石戸

非常にうまく外部の力、ICT支援員、地元企業、ボランティアを活用していると思います。最後に、今後の展望について聞かせてください。

佐和

いろいろな方々に手伝ってもらって、実施できていると感じています。BSフジや千葉テレビともコラボレーションなどをしていることもあり、地元の企業から支援についての申し出をいただくことも多いです。その際、気をつけているのは、その申し出が「全校展開できるものか」、そして教育として「持続可能か」ということです。最先端の技術や高価なハードウェアが必要な取り組みを実験的に1~2校で展開するのでは、教育的な視点からは実施が困難です。将来的に全部の学校で展開できる、というような「出会い」を感じられれば取り組みたいと考えています。

2017年度は、ある意味、全小学校で一斉に同じ内容を実施すること注力します。その成果を踏まえつつ、2018年度以降は各小学校で「うちはこれをやりたい」とセレクトできるようにしていきたいですね。各学校の工夫や特色がでるように枠組みを広げるように、教育委員会として支援していきます。

全国の各自治体は、それぞれに事情が異なると思います。プログラミング教育と聞くと、最初は敷居が高く、とてもできないと思われがちですが、最初から「高い頂」を目指すのではなく、できるところでのプログラミング教育でいいと思っています。

石戸

プログラミング教育そのものが、試行錯誤の教育ともいえると思います。スクラッチのコンセプトも「敷居低く、天井高く」なので、まず一歩を踏み出してみることが大切ということですね。本日はありがとうございました。