プログラミングをとにかく楽しんでほしい ―― 「プログラミングを好きになる」番組を届ける
NHK 制作局 <第1制作ユニット> 教育・次世代 チーフ・プロデューサー
林 一輝

「プログラミング学習普及プロジェクト Computer Science for ALL」を運営するCANVAS理事長の石戸奈々子が、プログラミング教育の推進やIT人材の育成に関わる方々にインタビュー。今回は、NHK(日本放送協会)でプログラミング教育番組「Why!?プログラミング」を手がける、制作局 チーフ・プロデューサーの林 一輝氏に、番組を通じてプログラミングの楽しさをいかに伝えるのか、番組作りにかける想いを伺いました。

目次

  • プログラミングを学ぶのではなく 技術者を育てるのでもない
  • プログラミングは 「失敗する」からこそ面白い
  • プログラミングの世界を知って 視野が広がったと言う声も
  • 何を学ぶと子どもたちは幸せになれるのか その視点でプログラミング的思考を読み解く番組を

プログラミングを学ぶのではなく
技術者を育てるのでもない

石戸

NHK Eテレの「Why!?プログラミング」、とても面白いですよね。見ていて楽しいし、何よりも子どもたちに「体験を促す仕掛け」になっているのがいいですね。番組を見終わってからも Webサイトにアクセスすれば、子どもたちが番組でやったことを体験できます[編注:本書のWebサイトでは番組そのものを視聴できたり、番組を活用した指導案を入手したり、番組に啓発されて子どもたちが作成した作品を見ることができる]。 番組を見て、(プログラミングが)「できたから終わり」ではなく、見終わった後もプログラミングへのモチベーションを維持できるようになっています。さまざまな工夫や仕掛けがありますが、どういった番組にするか、かなり議論されたのでしょう。

「プログラミングを学ぶ」のではなく、ましてや「技術者を育てる」のでもなく、「子どもたちが楽しんで、プログラミングを好きになる」にはどうしたらいいのかを徹底的に話し合いました。プログラミングは、やってみないとその面白さがわかりません。それを、番組を通じて伝えるには、「プログラミングとは」といった講座のような番組では駄目だと考えました。見るだけでなく、自分がプログラミングの世界に飛び込んでやり始めたくなる番組、「あんなことやりたい」「こんなことやりたい」と思って、それをやるにはどうしたらいいかを子どもたちが自分で考え、学ぶ。それをサポートできるような番組を目指しました。

石戸

そういえば、番組内では、プログラミングに関する説明が少ないですよね。

通常なら、最初にScratch(以下スクラッチ)の使い方などを丁寧に説明するのでしょうが、そこからやったら、子どもたちは、多分「ドン引き」ですね(笑)。「やっぱりプログラミングって、こういうつまらないことから始めなきゃいけないんだ」と思ってしまうでしょう。ここはとても重要なところです。子どもたちは、面白いと思ったら授業で習っていないことでも自分で学んでいくものですが、つまらないことを自ら学ぼうとはしません。その考え方が番組作りの根底にあります。10本ぐらい番組を作ったところで、はじめて、スクラッチのやり方を伝えるような、「最初にあるべき番組」を作りました。

石戸

プログラミングの基礎でもある「順次」や「条件分岐」などの説明は一切でてこない、エンターテインメントとして「見て楽しめる」番組ですね。

確かにプログラミングでは「順次」「繰り返し」「条件分岐」が基礎で、一般的には、まずは「順次」、そして「繰り返し」「条件分岐」と、順序立てて学んでいきます。ところが、「Why!?プログラミング」では第1回目の内容から、「順次」も「繰り返し」も「条件分岐」も出てきます。それらを順序立てて学ぶのではなく、「楽しい世界」の中で、自然と「ああ、繰り返しってこういうことか」と感覚としてつかめるようになっています。子どもって、前のめりになれるものにはすごい理解力をもっているからこれくらいのことは全然ついて来てくれる、そんな確信を持って番組を作りました。

プログラミングは
「失敗する」からこそ面白い

石戸

番組を面白くするために工夫されたのはどのようなところでしょう。

例えば、プログラミングで何かを「動かす」ことを学ぶとき、「なんで動かさなくてはいけないの?」と疑問を感じる子どもが少なからずいます。そこで「動かすことが必要な状況」をシナリオで作ってあげて、その状況の中でプログラミングを学ぶようにしたいと考えました。ですから、番組の構成としては、最初に子どもたちが好きそうなゲームのようなプログラムでできた世界を提示して、そこに、ちょっと困ったことが起きて、その問題を子どもたちが直していくという仕掛けになっています。

石戸

確かに。番組では、世界から「助けて!」というSOSが来て、それを受けて助けに行くという設定が多いですよね。

もう一つ、工夫したのが、番組では「完成させない」ところです。何か「残しておく」ことを心がけました。番組に登場する隊員のジェイソン(厚切りジェイソンさん)が最後に世界を壊してしまったり、もっと面白そうな何かを中途半端に見せて終わってしまったりと、未完成のまま番組を終わりにしています。シナリオ通りにできて「はい、良くできました。終わりです」ではなく、子どもたちに「僕だったらこう壊してみたい!」とか「こんなこともできるの!もっと知りたい!」と思ってもらって、そこにタイミング良く「君もこの世界に来て、プログラミングをしようよ」とテロップで誘う仕組みです。

石戸

ジェイソンさんが完璧な生徒や先生ではなくて、失敗したり間違ったり、めちゃめちゃなことをしたり(笑)。そのプロセスが番組の中で見えるからこそ、子どもたちも感情移入して、同じ目線で「失敗してもいいんだ」「やり直せばいいんだ」という気持ちになれるのですね。

まさに、そこは大事です。いろいろな場所で、子どもたちを対象にしたプログラミングのワークショップや、学校でのプログラミングに関する授業などを見学しましたが、子どもたちが盛り上がるのは「失敗したとき」なんです。「わっー、ヘンなことになっちゃった!」というように。そして、そこからプログラミングの本当の学びが始まる。なので、失敗することはとても大切で、そのことを番組できちんと伝えたいと考えています。わずか10分間の番組ですが、必ずどこかに「失敗」を入れています。

プログラミングの世界を知って
視野が広がったと言う声も

石戸

学校の授業でも使える番組ということで、番組時間の3分の1ぐらいは学校教育を意識した内容になっていると思います。先生方には、番組をどう使ってもらいたいとお考えですか。

とにかく学校で、子どもたちがプログラミングを楽しめればいいですね。例えば、多角形の作り方を扱った回であれば、番組を見て子どもたちが「自分もプログラミングで多角形を作ってみたい」とモチベーションが高まればいいと考えています。どう使うかについては、番組をそのまま見せることもあるし、止めながら見せることもありえます。授業での活用においては、番組はあくまでも「材料」でしかないので、学校の先生に使い方をあれこれと工夫していただけると嬉しいです[編注:本番組を小学校の授業で活用するための書籍『小学校の先生のための Why!?プログラミング 授業活用ガイド』(日経BP)も発売されている]。そうした工夫をうまくするには、実は先生自身も、プログラミングを楽しむことが一番だと思っています。

番組の授業での実践例もたくさんありまして、その中で面白かったものを一つご紹介します。小学校の音楽の授業での実践で、子どもたちに番組を見せてスクラッチの使い方や音の鳴らし方を学んだ後で、先生が「洗濯機から流れる音楽をみんなで作ってみよう」と子どもたちによびかけるのです。「洗濯が終わった時に、終わったよと教えてくれる音」や「緊急停止したときのアラーム音」などを、みんなで考えて、「こういう音が鳴ったらいいよね」とスクラッチの音源を使ってプログラミングして表現していく授業でした。

さまざまなことを「音で表現しよう」という授業は、高度になるほど楽器を扱うスキルなどが子どもたちに求められることが多く、そうしたスキルのない子どもたちが多いと音楽的なことを考える前にあきらめてしまうことがしばしばあります。ところが、スクラッチなら、できることは限られていますけど、並べ替えるだけで音が出て、楽器も選べるので音楽的な創造性に重きを置いた授業ができます。すごく面白い実践だなと思いました。

石戸

いいですね。図工とか音楽のような表現をともなう授業においては、デジタルが「表現するためのハードル」を下げてくれますよね。例えば音楽なら、楽器を演奏して表現するには練習が必要だし、作曲も楽典など知識がないとできないというのが今までの考え方だったでしょう。デジタルを活用すれば、作曲をする体験もできるし、まさに「音そのものを楽しむ」ことができるようになるでしょう。自分で音楽を創るような授業にはマッチしていますね。保護者の方々の感想はどうですか。

いろんな感想をいただいているのですが、最近印象的だったのは、番組をきっかけにプログラミングの世界を知ったことで、自分も子どもも「視野が広がった」というお声です。子どもの中には、自分が興味を持ったことにどんどん入っていってしまって、授業では先生に叱られてしまうような、ちょっと集団行動が苦手な子もいます。そうした子どもが、はじめてずっと夢中になれる世界を見つけて、何日もかけて自分の作品を作り上げ、達成する喜びを知ることができた。保護者の方も、そこまで夢中になって物を作ることができる自分の子どもの良さを発見できた。で、ここで育まれた力はプログラミングだけの話ではなくて、将来においてもかけがえのないものだと思います、というお声でした。これは本当にうれしかったです。ちなみにプログミングが好きな子の中にはそうした子も結構いて、作品をよく送ってくれますが、もうマニアックで面白いです(笑)。プログラミングって、子どもを突き動かす何かものすごい力を持っているな、ということを感じています。

何を学ぶと子どもたちは幸せになれるのか
その視点でプログラミング的思考を読み解く番組を

石戸

プログラミングは「孤独な作業」と勘違いされている人も多いと思いますね。ところが、スクラッチをやっている子どもたちは、小さい頃から他人と協力しながら、共同で作ることの意味合いや方法を自然に身に付けていくと思います。孤独どころか、世界中の人とつながりながら創作していますね。今後の番組制作の方向性や展望はどのようなものですか。

      

“Why!?プログラミング”よりも「さらに前に位置する」番組を作りたいと構想しています。今、リサーチをしているのですが、パソコンを使わないアンプラグドの手法で、プログラミング的なものの考え方のようなものを伝えられればいいなと思っています。

              
石戸

次は、プログラミング的思考をより意識した番組を作っていこうというお考えですね。NHKの教育番組を制作するという立場でどのようなことを大事にされていますか?    

子どもたちに新しい学び、未来につながるような学びを提供したいと考えています。今ではなく、「この先に必要となるものは何か」をリサーチして、「何を学ぶと子どもは幸せになれるか」という視点を持つことを教育番組は忘れてはいけないと考えています。 僕が今大事にしているのは、子どもたちが一生懸命になれること、そしてその体験の中でものごとを深く考える力を自然と養っていくことです。そうした体験を提供できるような番組を作っていきたいです。

それは、プログラミングでもいいし、理科や算数でもいいし、昆虫採集やカルタでもいいんです。とにかく夢中になって考えることがすごく大切で、私は、子どもたちが、そうなっている姿を見るのがすごく好きです。番組を見て笑ってくれる姿ももちろん好きですが、一番好きなのは夢中になってしまうあまり、黙って「じーっ」と番組を見ていたり、何かを考えていたりする子どもの姿、その時の目の輝きです。番組を見ているときにその姿が見られると、すごく嬉しいですね(笑)。

石戸

それはとてもよく分かります。本日は番組を貫く想いを聞かせていただき、ありがとうございました。