2019年から韓国の全小学校で 「エントリー」によるプログラミング教育がスタート
CONNECT
Director Researcher SW Education platform
Ji Hyun Kim Kyung Gyuil

「プログラミング学習普及プロジェクト Computer Science for ALL」を運営するCANVAS理事長の石戸奈々子が、プログラミング教育の推進に関わる方々にインタビュー。さまざまな立場から、それぞれの「プログラミング教育」への取り組みや考え方について伺います。今回は、韓国でプログラミング教育を推進する非営利団体「CONNECT」から、Ji Hyun Kim(キム・ジヒョン)氏とKyung Gyuil(ギョン・ギル)氏をお迎えし、韓国でのプログラミング教育の現状、今後の展望について聞きました。

目次

  • 「エントリー」を使ったプログラミング教育に継続的に取り組んできたCONNECT
  • 小学校・中学校で160万人がエントリーを使いプログラミングを学ぶ
  • プログラミング教育を支援するNAVER
  • パソコンを使わなくてもプログラミングを学べるボードゲーム型教材も用意

2019年から韓国の全小学校で「エントリー」によるプログラミング教育がスタート

石戸

本日は、ようこそいらっしゃいました。CANVASもCONNECT も、日本と韓国という国の違いこそあれ、非営利団体でプログラミング教育を推進しているところは同じですね。両国でのプログラミング教育について情報交換したり、お互いの取り組みや考え方を話し合えたりできればと思います。

Ji Hyun Kim

CONNECTは韓国のNAVERが出資している非営利団体です。もともとは私がプログラミング教育を事業とする会社を立ち上げましたが、2015年にNAVERに買収され、その後、非営利団体として再スタートしました。

Kyung Gyuil

5年前から独自に開発した「エントリー」というプログラミング学習プラットフォームを活用した、プログラミング教育の普及に取り組んでいます。エントリーはスクラッチとよく似ていますが、先生が授業でそのまま使えるように開発しているのが特徴です。

石戸

日本では2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されます。韓国の必修化の状況を聞かせてください。

Ji Hyun Kim

中学校はすでに2018年から必修化されています。小学校は2019年からです。授業数は、中学校で34時間、小学校では17時間です。中学校では「情報」という科目の中でプログラミング教育を実施し、小学校は「実科」と呼ばれる科目で教えます。実科とは、実用的なことを学ぶ科目という意味です。

実科では、プログラミングだけではなく、その他のことも学びます。そのため、小学校での17時間という授業時間数は、その全てがプログラミング教育に割り当てられるのではないので、私たちとしては少ないと考えています。

小学校や中学校といった公教育では、2018年、2019年からプログラミング教育が始まりますが、CONNECTでは以前から、エントリーを無料で配布しているほか、先生たちの教育も無料で実施してきました。大学生にも教育し、大学生が小学生にボランティアで教えるような仕組みも作っています。また、CONNECTでは、これまで40冊以上のテキストを開発して、無料で配布しています。その他にも先生たちのプログラミング教育の研究会や勉強会の支援もしてきました。それらが5年間の主な活動です。

小学校・中学校で160万人がエントリーを使いプログラミングを学ぶ

石戸

日本ではプログラミングという科目ではなく、算数や総合学習など他の科目の中で、プログラミングを教えるようになっています。韓国では、実科の中でプログラミングを17時間学ぶとのことでしたが、これは、 1年生から学習するのですか。

Ji Hyun Kim

小学校では5年生と6年生で17時間です。低学年は学校の授業ではプログラミングを勉強しませんが、放課後の授業や塾でプログラミング教育を受けている子どもたちはいます。放課後の授業について、企業など営利団体が支援しているということはありません。カリキュラムは小学校や教師が独自で作成しています。

プログラミング教育の教科書については、先ほどもCONNECTの活動で紹介しましたが、エントリーを使った教科書がすでに40冊以上あります。さらに、小学校のプログラミング教育の教科書は全てエントリーです。つまり、小学生は100%、エントリーでプログラミングを学ぶことになります。

韓国では、スクラッチよりエントリーの利用者のほうが多いのです。中学校ではエントリーを使った教科書とスクラッチを使った教科書がちょうど半々です。スクラッチは、想像力や創造力を膨らませるのには非常に優れたプログラミング言語だと認識しています。一方でエントリーは学習しやすい、学びやすいのです。学校の教材として使われることにフォーカスし、実際の現場の先生と議論しながら開発しました。そこが魅力です。必修化されたら、ベテランの年配の先生たちほど、プログラミングを教えるのが大変になってしまう可能性もあります。そういったことがないように、エントリーは非常に教えやすい教材に仕上がっています。

石戸

確かに、そのように指摘されてみると、(理科の科目にある)生物については総合的に詳しく学んでいるにもかかわらず、コンピュータに関してはきちんと学んでいませんね。情報化社会を生きている我々は、コンピュータサイエンスについて小学校から高等教育まで体系的に学ぶことが必要だといえますね。

Kyung Gyuil

韓国では、国がプログラミング教育に関する大枠の基準を決めます。その基準に合わせて、どういったツールを使って、カリキュラムに沿った教科書とするかは教科書を制作する出版社が決めます。小学校で100%、エントリーが使われることになったのは、エントリーを使った教科書を出版社が作ったからです。

Ji Hyun Kim

小学校5、6年生、中学校1、2年生でプログラミング教育が必修化されることで。160万人がエントリーを使うことになります。それ以外にもエントリーは毎月70万人が使っています。

プログラミング教育を支援するNAVER

石戸

日本の小学校や中学校では、実はプログラミング教育の学習環境整備に課題があります。だいたい6人に1台くらいしかパソコンが割り当てられないのです。韓国の小学校、中学校ではどのような状況ですか。

Ji Hyun Kim

韓国でもパソコンが老朽化しているなど、同じような問題があります。全ての小学生、中学生に「1人に1台」パソコンが割り当てられるような取り組みが進められていると聞いています。

Kyung Gyuil

小学校や中学校にはパソコン教室があって、授業のときには生徒がそこに移動して学習している状況です。生徒が個人のパソコンやタブレット端末、スマートフォンを持ち込んで利用するBYOD(Bring Your Own Device) が進展しているようなことは、ほとんどありません。

石戸

NAVERがCONNECTを通じてプログラミング教育を支援していますが、その他の企業も支援しているところは多いのですか。

Ji Hyun Kim

最近は多くなりました。例えばNEXONなどのゲーム会社です。最も積極的なのはやはりNAVERです。NAVERは企業のミッションとして、人材育成を掲げています。小学校と中学校のプログラミング教育への支援は、その一環だと考えられます。

石戸

日本では指導者育成が課題になっています。研修などもやっていますが、韓国でも同じ問題があるのではないですか。

Kyung Gyuil

韓国も同じですね。小学校の先生は20万~30万人いますが、毎年6万~8万人を教育しています。政府がそのための予算を確保して実施しています。CONNECTはアドバイザーとして参画しています。韓国では、日本の教育委員会のような組織が、その地域でプログラミング教育のリーダーとなる先生を育成し、リーダーとなった先生が、さらに現場で活躍できる先生を育成するという仕組みになっています。

パソコンを使わなくてもプログラミングを学べるボードゲーム型教材も用意

石戸

日本では2020年から必修化になりますが、捉え方によっては、今から試行錯誤でプログラミング教育が進められていくイメージです。一方、韓国は必修化までに試行錯誤は終わりで、2019年3月時点で準備完了し、4月以降には一気に本格的なプログラミング教育が始まると聞いています。その通りに準備が進んでいるのですか。

      
Ji Hyun Kim

ここ2~3年の間に、韓国では約900の小学校がモデル校に指定され、試験的にプログラミング教育が実施されました。中学校でも約300校で実施され、合わせて約1200校に及びます。韓国では、地方都市の小学校や中学校ではネットワークが十分に整備されていないこともあります。そのため、ネットワーク経由で使う教材もあれば、パソコンで使う教材もあり、さらには、パソコンを使わなくてもプログラミングの思考を学べるボードゲーム型の教材も用意しています。

先ほど話をした試験的に実施している小学校900校には、全校にボードゲーム型の教材を購入してもらっています。プログラミングのコンセプトを学べるボードゲームです。こういった教材を販売することによって得られる利益金の全額が、韓国のソフトウェア教育の推進のために使用されるようになっています。

              
石戸

このボードゲーム型の教材は、素晴らしいですね。遊びながらプログラミングの考え方を学ぶのにぴったりだなと感じました。日本の小学校でも使ってみたいくらいです(笑)。

日本では、これから先生たちが「どういう授業にするか」を考えていきます。算数や総合学習など他の科目の中でプログラミング教育を扱うので、評価についてもプログラミングのスキルでは評価せず、あくまでもその科目の理解度で評価することになります。教材、授業の内容、評価など、まだこれから考えていかなくてはならないことはあります。 韓国では、先生が児童の成績をつけるときに、どこを見るとか基準があったりするのですか?    

Ji Hyun Kim

韓国でも状況は似ているかもしれません。まず、プログラミング学習に関して具体的な評価項目が確定しているわけではありません。各授業での学習内容ごとに、その授業での学習目標をクリアできているかどうかのチェック項目があり、児童・生徒が制作したプログラミング作品を見て、理解度などを確認していきます。ただし、「自ら評価してみましょう」といった程度です。2019年の小学校での必修化向け、評価軸もより具体化していく予定です。CONNECTでも、どうした評価したらよいか一番よい方法を探っている段階です。

ただし、CONNECTが最終的に目指していることは、小学校や中学校の児童・生徒にプログラミングのスキルを教えることではありません。日本のカリキュラムと同じように、プログラミングを情報科目としてではなく、他の教科・科目と組み合わせて学んで欲しいと考えています。

プログラミングは、今や私たちの暮らしのさまざまなところで利用されています。ですから、日本のようにプログラミングと音楽、プログラミングと理科というように、いろいろな教科とプログラミングを融合させることで、新しい発見があったり創造力が育まれたりするのが理想です。すでに、プログラミング教育とさまざまな教科を融合させるための事例集(教材集)も作成して、用意しています。

石戸

すでに事例集、教材集まで作成しているとは、先進的な取り組みですね。

Ji Hyun Kim

私たちが今日、こうしてCANVASを訪問した理由の一つは、こうしてお互いに情報交換をしながら、今後、協力しながら社会貢献事業としてプログラミング教育をともに推進していけるパートナーを探しているからです。CANVASの日本におけるプログラミング教育に関する取り組みを、韓国で展開しているのがCONNECTだとお考えください(笑)。

石戸

ありがとうございました。今日、いろいろとお話を伺い、目指している方向性やプログラミング教育に対する基本的な考え方が、似ていると感じました。また、ぜひお会いしてお話をお伺いしたいです。今日は本当にありがとうございました。