「教育×IT」で新たなビジネスモデルを構築 プログラミング教育の教材開発・指導者育成・海外展開を手がける
キャスタリア株式会社 代表取締役
山脇智志

CANVAS理事長の石戸奈々子が、さまざまな分野のプロフェッショナルの方々に「プログラミング教育」についての考え方、視点について伺います。今回は、日本で初めてプログラミングを必修化した高校の設立をはじめ、教材開発から指導者育成、海外展開などに精力的に取り組むキャスタリア株式会社の代表取締役 山脇智志氏に、プログラミング教育に取り組んだ経緯、今後の展望について聞きました。

目次

  • 教育における地理的・文化的・経済的な制約をITで乗り越えたいと起業
  • プログラミングを必修化した日本初の高校コードアカデミー高等学校を設立
  • プログラミング教育の指導者育成やOzobotによるプログラミング教育に注力
  • ケニアでプログラミング教育の事業化を調査中 ITで教育を変えれば不条理をなくせるかもしれない

教育における地理的・文化的・経済的な制約をITで乗り越えたいと起業

石戸

社名の「キャスタリア」とはギリシア神話の「知の泉」ですね。御社は「テクノロジーがより直感的で効果的な学習をもたらすと信じている」というビジョンを掲げています。「IT×教育」で起業した経緯を聞かせてください。

山脇

鳥取の出身ですが、高校を卒業してから地元企業で3年間、働いていました。地元で大学に進学しようと考えましたが、まともな大学といえば鳥取大学くらいしかない(笑)。しかも、数学が苦手だったので文系に進むとなると、当時は教員を養成する教育学部しかない状況でした。これは、日本の「地方」における教育のリアルな姿で、地元の大学には農学部や医学部、教員養成の学部など、ようは大学卒業後に地元で役立つ人間になるための教育環境しか用意されていなかったのです。

教育学部で大学にいった人は先生か公務員になるくらいしか選択肢がなく、「普通に会社勤めするなら大学に行かなくても高卒で働けばいいじゃないか」「大学に行って何するの?」ということが当たり前のように語られていた。そんな閉塞感、文化が根強くあった土地柄でした。地方で育ったことで、教育における地理的そして文化的な「制約」を強く感じていましたね。

結局、大学受験に失敗して働き始めましたが、実家の商売がうまくいかなくなってたことやなり、父親とも折り合いが悪かったこともあり、家出同然で鳥取を飛び出して上京しました。もともと親に黙った受験をしており親友が先に入学していて夜間の二部があった國學院大學に合格して、東京で働きながら学費と生活費を自分で稼いで4年間ちゃんと通いました。こうした経験から、教育の機会は、じつは平等なんかじゃなく、地理的・文化的・経済的な制約が「はっきりとある」と痛感したのです。この頃の私の体験、感じたことが起業の根底にあります。

石戸

教育における地理的・文化的・経済的なハードルをITでなんとかしたいという気持ちですね。

山脇

そうです。ただ、東京で大学卒業後にすぐ起業したのではなく、アメリカに留学しています。これも、大学を卒業したら「鳥取に戻ってこい」と言われかねなくて、日本から離れないと自由になれないと思ってアメリカに逃げたのです(笑)。その後、ニューヨークで当時はSIPS(シップス)と呼ばれたインターネットビジネスにかかわる企画・開発・運営などの全て手がける会社をパートナーと立ち上げ、東京で新規事業立ち上げと上場を目指して戻ってきました。その後、いろいろな経緯があって、ニューヨークで立ち上げた会社を自ら離れて、2005年にキャスタリアを起業しました。

プログラミングを必修化した日本初の高校コードアカデミー高等学校を設立

石戸

インターネットビジネスから教育へと大きな方向転換ですよね。

山脇

その頃、iPodがアメリカで登場したこともあって、音楽や音声はもちろんですが、それ以外にも「耳で聞ける」デジタルコンテンツ市場が拡大しつつりありました。例えばラジオドラマや語学などですが、そのコンテンツの流通を手がける企業が日本にはなかったので東京で始めました。

落語、ラジオドラマ、サウンドスケープなどさまざまな非音楽系コンテンツを集めて販売してみたら、語学の学習教材など「教育コンテンツ」へのニーズが高かった。そこで改めて、自分の体験を振り返ると、教育には、地理的、文化的、経済的な制約があることを感じていて、それをなんとかしたいという想いがずっとあったのです。

さらに、衝撃的だったのは、2007年のiPhoneの登場です。目にした瞬間に「将来、世界中の人がスマートフォンを手にする時代が間違いなくやってくる」と感じ、このテクノロジーを使って、地理的・文化的・経済的なハードルを乗り越えることができないか、それを新しいビジネスとしてできないかと考え、スマ―トフォンで勉強できる環境を提供しようと開発したのがモバイル・ラーニング・プラットフォームの「Goocus(グーカス)」です。

教育コンテンツは手がけずに、そのプラットフォームを提供することに特化しました。理由は、プラットフォームをグローバルに展開して、「日本発・世界に通用する会社」にしたかったからです。

石戸

教育に関わるビジネスで「日本発・世界」へと目を向け、モバイルで勉強できるプラットフォームの提供から開始したのですね。そこからプログラミング教育へとシフトし、2015年には長野県で「コードアカデミー高等学校」を設立しています。広域通信制高校で、日本初のオンラインでプログラミング教育を展開した学校ですが、どのような考えから設立に至ったのですか。

山脇

モバイルで勉強できるプラットフォームを提供していたとはいえ、「教育」については、まったくの門外漢でした。それが逆に良かったのかもしれませんが、「ビジネス」という視点で教育の分野を見つけることができた。その視点から見ると、これから伸びる分野、成長性のあるところ、うちが参入してもまだ競争力があるところと考えていった結果が「プログラミング教育」だったのです。

コードアカデミー高等学校を立ち上げたきっかけは、米ウォールストリートジャーナル紙であるとき、「ニューヨーク市がCIOを置き、プログラミング教育をする高校を作る」というニュースを読んだこと。プログラミング教育でビジネスをするなら、「これだ!」とひらめき、すぐに企画書をまとめて、株主である長野県の学校法人信学会のトップの方に見せたら、「面白い、ぜひやろう!」となりました。コードアカデミー高等学校は、プログラミングを必修化した日本初の高校です。

プログラミング教育の指導者育成やOzobotによるプログラミング教育に注力

石戸

広域通信制の高校なので、テクノロジーで地理的・文化的・経済的な制約を乗り越えるという、山脇さんの根底にあった想いを実現できる教育環境でもありますね。

山脇

いわゆる「引きこもり」とか、不登校とか普通の高校には通えない子どもたちが集まりました。それでも、彼ら彼女らは、コードアカデミー高等学校があることで、プログラミングの素養は身につけられるし、社会とつながることができます。

初めての卒業生の中には、難関校とされる慶応義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)や早稲田大学に進学した生徒もいます。中学や高校になじめず、コードアカデミー高等学校に来てプログラミングを学んだことで、自分にできることがあるとわかって、それが自信となって卒業していきました。 。

石戸

コードアカデミー高等学校だけではなく、上越教育大学の教育情報システム研究室とプログラミング教育指導者の養成で共同研究も進めていますね。「Code Edu /(コードエデュ)」です。指導者育成に取り組まれた理由は何でしょうか。

山脇

プログラミング教育が今後、どう進展していくのかを考えたとき、諸外国の事例を参考にしました。すると、いわゆる学校教育の現場に入ってくることは容易に予測できたのですが、「誰が」「何を」「どうやって」教えるかを考えると、誰もわかっていなかった。「誰が」にあたる指導者を育てるにも、教育機関すらなかったのです。それなら、自分たちで作ってしまおうと取り組みました。

石戸

日本でもプログラミング教育を必修化する際の課題がはっきりしていて、「指導者育成」、「教材」、「コミュニティ作り」、「環境整備」などです。キャスタリアの取り組みは、それらの課題に一つひとつ、的確に対応しているなと感じます。

「教材」にも着手されていますよね。2016年にはプログラミング教育ロボット「Ozobot」シリーズの日本正規代理店として製品の販売を開始したほか、Ozobotをプログラミングの教材として活用していますね。

山脇

プログラミング教育をビジネスとして展開するにあたって、他社との差別化要因、キャスタリアならではの強みをどう確立するかと考えていたとき、弊社取締役でITジャーナリストの松村太郎が「Google IOでおもしろいものを見た」と動画を見せてくれたのです。それがOzobotのブロックプラグラミングツールOzoblocklyでした。ブロックプログラミングでロボットを自由に動かせるというデモの映像を見て、「これだっ」と思い、すぐに「Ozobotの販売代理店をやらせて欲しい」とメールを書きました。

Ozobotの良いところは「触わって、2秒後に動くこと」ですね(笑)。これは大きい。子どもたちにとっては、シールを貼ると右に曲がるとか、まるで魔法のように感じるようです。最近では、アベンジャーズのヒーローであるアイアンマンやキャプテン・アメリカを採り入れたOzobot Evoも発売しました。

石戸

現在、Ozobotでどんな授業を展開しているのですか。

山脇

カリキュラムは、次のように4段階に分けています。

まずは、パソコンを使わずに、紙とマーカーで、Ozobotを制御する課程です。遊びを通して学べますね。

次が、iOSやAndroidで動くアプリケーションを使ってOzobotを制御する課程です。

第3段階が、カラーコードを読み込ませて制御するなど、いわゆるコンピューティングを学びます。手で書いたりしないでも、一瞬でたくさんのコードを読み取らせると、複雑な動きを連続させることができます。それまではOzobotを動かす命令を1つずつしか伝えられなかったのに、コードにすると一気にたくさんの命令を読み込ませることができることに気がつくと、そこでコンピューティングの意味がわかってくるのです。

そして、第4段階が、ブロックプログラミングです。ブロックでプログラムを作って、Ozobotに可視光通信で送って動かします。

石戸

子どもたちの感想や反応はいかがですか。

山脇

意外なことにOzobotは「女子ウケ」します(笑)。可愛らしく感じるのでしょうか。男子よりもむしろ女子が楽しんで勉強していますね。あわせて、Ozobotはさまざまな教科で活用できる可能性があるなと感じています。例えば、国語で習った物語や詩を読んで、子どもたちがどう感じたのか、その気持ちをOzobotで表現するという授業も面白いと思います。

ある小学校には、国語で習った物語の感想を、図工の時間にOzobotで表現するといった教科をまたがった授業横断的な取り組みも提案していこうと考えています。算数だけでなく、さまざまな教科と組み合わせてOzobotを活用した授業ができるでしょう。これまでのOzobotの利用者がやってきた内容を先生たちと共有して、Ozobot.jpで紹介しながら、ソーシャルラボ的に活動を展開していけたらと考えています。

ケニアでプログラミング教育の事業化を調査中 ITで教育を変えれば不条理をなくせるかもしれない

石戸

話を日本の外に向けて、海外展開についても聞かせてください。ケニアでもプログラミング教育の事業化に向けて取り組まれていますね。

山脇

もともと、東京発で世界に通用するビジネスを考えていましたが、「教育」を民間企業が、しかも我々のようなITベンチャーがビジネスとして展開するには、どうしても信用力が足りない。なかなか信頼されないのです。そこで国や政府のお墨付きをもらえればと国際協力機構(JICA)の中小企業の海外展開支援事業調査に応募したところ採択されました。基礎調査なので、現在Goocusをプラットフォームに、プログラミング教育やモバイルに特化した教育を展開するというモデルがビジネスとして成立するかどうかのフィージビリティ・スタディをしています。

石戸

日本のプログラミング教育は、海外に受け入れられると感じていますか?

山脇

可能性しか感じないですね(笑)。教育にはその国の価値観や歴史などがさまざまに反映されるでしょう。わかりやすい例では、算数教育でインドと日本が大きく違うことはよく指摘されています。ところが、どの国もまだ取り組み始めて間もないプログラミング教育では、まだ、「何が正しいのか」が明確になっていません。しかも、全世界がものすごいスピードで動いています。そこに、我々のようなベンチャー企業でも参入していける可能性を大いに感じていますね。

石戸

確かにプログラミング言語は国境を越えるし、全世界で共通なので、統一したカリキュラムを開発できるかもしれないですね。

山脇

プログラミング言語について話すとき、私はよく「新しい英語だ」と言っています。コンピュータなどの機械と話すための新しい英語で、だから、文法もあるし、単語も覚える必要があります。

もうひとつ、プログラミング教育を海外展開する理由は、ITが性別も階層も、身分も乗り越えて、その人の人生を豊かにする可能性を秘めているからです。例えば、インドにはカースト制度がありますが、ITエンジニアだけはカーストの枠の外にいます。民族も性別も年齢も関係ないのです。

このことは、途上国の女性たちにもあてはまることだと考えています。ITでスキルを身につければ、プログラミングのスキルやコンピュータサイエンスの知識が、途上国の多くの女性たちに社会で活躍する機会を提供してくれるのではないと考えています。こうした想いで、我々はケニアで壮大な社会実験を展開しようとしています。

石戸

お隣の韓国でも、国を挙げてプログラミング教育に取り組んでいます。韓国への展開などは、どのようにお考えですか。

山脇

韓国でも今年から公教育でプログラミング教育が導入されていて、教材としてOzobotが約10%の公立の学校活用されているなど、国を挙げて本腰を入れて取り組んでいます。

石戸

そんな中、キャスタリアでは日本の塾や予備校向けに教材パッケージ「Code Power」を開発し、提供しています。

山脇

プログラミング教育が当たり前になる未来を信じているが、どうしても学ぶ環境が大都市に集中しています。学ぶのにお金がかかるなど、課題でもでてくるでしょう。そうならないための公教育であるべきですが、公教育だけで日本のプログラミング教育をまかなえるかといえばそうとは限りません。

そこで、求められるのは、リーズナブルに学べる民間教育、いわば私塾です。リーズナブルに学べるようにするには、特別な資格がない教員でも教えられるように、教材をパッケージ化することが大切です。それが、Code Power です。

石戸

プログラミングの高校、指導者育成、教材パッケージの開発など、プログラミング教育を普及させるために必要なことに、一つひとつ取り組んでいるのですね。最後に、プログラミング教育を通じて、山脇さんが実現したいことは何でしょうか。

山脇

不条理をなくしたいということです。どこに生まれようが、本人がなりたいもの、やりたいことに向かって努力できる体制、環境をテクノロジーで実現し、提供できるようにしたい。それが、夢です。

石戸

教育格差をなくす手段としてITを活用する取り組みですね。本日はどうもありがとうございました。